今回は、日本と海外の契約書の違いについて解説します。※経済のグローバル化の進展に伴い、海外市場にビジネスチャンスを見いだす日本企業は増え続けています。しかし、ガラパゴス化した契約締結方法や契約書の形式に慣れきってしまい、グローバルスタンダードに対応できず、大きな損失を被るケースも少なくありません。本連載は経営者に向け、法務リスクを回避し、世界に通用する「契約締結のノウハウ」を解説します。

信頼を重視し、契約書を「形式」と考える日本人

海外取引にはトラブルがつきものです。

 

むろん人間相手のビジネスをしている以上、納期に遅れたり、仕様に合致しなかったり、不良品が混ざっていたりなどのトラブルは避けられません。それは海外との取引に限った話ではなく、もちろん日本国内でも起こり得る話です。

 

しかし、実際に日本国内で何らかのトラブルが起きたとしても、それによって甚大な被害を被った、または信頼関係がまったくなくなったという話は、あまり聞いたことがありません。相手方が倒産して債権回収ができなくなったり、突然連絡が取れなくなったりすることはよくある話ですが、相手が企業として存続している限り、話し合いによって双方が納得できるような解決策が模索されることがほとんどです。

 

一般に、日本人は裁判を好まないといわれます。

 

少し古いデータではありますが、日本の国民一人あたりの裁判件数は、アメリカの8分の1、イギリスやフランスの5分の1、ドイツや韓国の3分の1しかないそうです(2009年調査)。現在はさらに減少して、アメリカの10分の1以下だといわれています。まさに桁違いに訴訟が少ないのです。

 

また、日本企業同士の契約書を見ると、「何か問題が起きた場合は当事者同士が誠意をもって話し合ってこれを解決する」などの一文が入っていることが多いです。これは、「話し合い」によって十分に解決できると考えているからこそ、登場する文です。それほどにお互いを信頼した取引が、日本では行われています。

 

このような考えが反映されているからか、日本企業同士の契約書はとてもシンプルで、金額や納期など、ごく基本的なことしか書かれていないことが多いのです。例外的なトラブルが起きたときは、その時点で話し合えばよいというスタンスなのだと思います。業界によっては、中小企業同士の場合、いまだに契約書を交わさないところもあります。実際、注文書と納品書と請求書があれば、それで取引は滞りなく成立するし、わざわざ形式ばった契約書などいらないということなのでしょう。

 

このように、契約書をかたちだけのものと見なす傾向が日本にはあります。ですから、取引が始まったあとで契約書を交わしたり、後出しで契約書にサインを求めたりする企業も、少なからず存在します。そのような杜撰な契約が横行するのは、日本人のなかに、「契約書はあくまでも形式」、「問題が起きたら信義則に基づいて一から話し合えばよい」との考えがあるからです。

 

実際、個人事業主との取引が多い業界では、「契約書にはこのように書かれていますが、実際とは違いますから気にせずにサインしてください」などと言う人もいるくらいです。

海外では、トラブルを見越したうえで契約書を交わす

本来、契約書とは、企業が取引を行ううえで、どのようなビジネスモデルを望み、どのように利益を上げようとしているかを明確に定めたものです。ですから、決して「かたちだけ」のものではありませんし、何か問題が起きてから話し合えばよいというものでもありません。

 

例えば、商社であれば、商品をどこからどれだけ仕入れて、それをいつまでにどのようにお客様のもとに届けるかがビジネスの根幹です。約束が守れなければお客様に損害賠償を求められても仕方ありませんから、逆に取引先にもしっかり損害賠償の責任を負わせておかねばなりません。このように、自社の計画したビジネスが目論みどおり円滑に進行するよう規定するのが、契約書の重大な役割です。

 

ですので、海外における一般的な契約書は、およそ考えられるトラブルのすべてについて、あらかじめ見越して記述しておき、そのトラブルを未然に防ぐ、もしくは、被害を最小限に抑えるようにしておくものです。日本のように、「信義則に基づいて話し合いで解決を・・・」などと悠長なことを書いている契約書は、海外ではほとんど見たことがありません。

 

しかし、日本では商慣習なのか文化なのか分かりませんが、そのように細かくリスクを想定した契約書は好まれません。たとえ、海外取引向けに詳細な内容の契約書を作ったことがある企業も、日本企業が相手の場合は、「相手が機嫌を損ねるかもしれない」などと遠慮して、シンプルな契約書を提示することが多いのです。実際、事細かな契約書を示すと、「おれを信用しないのか」と不機嫌になる日本企業の経営者もいます。

 

このように、日本では契約書の地位が不当に貶められています。あるいは、日本の電化製品についてよくいわれるように、日本でしか通用しないガラパゴス的な契約書がまかりとおっているといってもよいでしょう。

 

「それで今まで問題がなかったのだからよいではないか」、と考える方もいるかもしれませんが、その感覚で海外企業との取引に臨むと痛い目に遭うことがあります。日本企業同士の契約書がグローバルスタンダードに追いついていないことにより、抜かりのない契約書作成のノウハウが日本企業にはほとんどないのです。

 

 

菊地 正登

片山法律会計事務所 弁護士

 

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

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菊地 正登

幻冬舎メディアコンサルティング

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