海外取引のトラブル…訴訟ではなく「和解」で解決すべき理由

海外取引でトラブルが生じた場合、金銭的コストだけではなく移動的コストや精神的コストなど様々なコストが発生する。ビジネスとして「利益」を重視した場合、訴訟ではなく双方の弁護士の話し合いによる「和解」を目指すことが望ましい。本記事は、書籍『海外取引の成否は「契約」で9割決まる』の著者であり、弁護士である筆者が、海外取引のトラブルで「訴訟」を起こし、自社の有利になるように勝つことがいかに難しいかを取り上げる。

訴訟には、金銭面以外でも多大なコストがかかる

ビジネスの取引で、話し合いで解決できないトラブルが起きた場合、訴訟で白黒をはっきりつければよいと考えている経営者の方もいます。特に、自分のほうには何の非もないと考えられるのであれば、なおさら公正な裁判に訴えたくなるでしょう。そのために顧問弁護士がいるのだというのであれば、弁護士である私も口を閉ざさざるを得なくなります。

 

しかし、「訴訟」と意気込む前に一つ考えてほしいことがあります。ビジネスの目的が、理非(りひ)を糺(ただ)すことではなく利益を上げることだと考えるなら、訴訟による解決は非常にコストがかかるうえに、得られる利益が少ないという点で、あまりメリットが大きいとは思えません。

 

もちろん、会社としての面子やブランディング、従業員の士気や名声など、裁判で勝つことがマーケティングや生産性の面で効果を上げることもありますから一概にはいえませんが、短期的な利益を考えるのであればマイナスになることが多いのです。

 

ですから、最終的な解決手段として訴訟を視野に入れておくのはよいとしても、できればその前に話し合いや調停などで穏便な和解を目指したいところです。

 

弁護士である私が、訴訟による解決についてあまり肯定的でないことを不思議に思う読者もおられるかもしれませんが、弁護士の仕事は訴訟だけではありません。訴訟に至る前の企業同士の話し合いの時点でも、当事者同士が話し合うより、法律の専門知識を持つ弁護士同士が話し合ったほうがスムーズに解決することが多いものです。

 

なぜならば、弁護士同士であれば、訴訟になったときの判決の見通しについて相互理解がありますし、訴訟にかかるコストについても詳しいですから、それらを考慮したうえで、どの程度のラインで和解するべきかについても、第三者の立場から冷静なアドバイスができるからです。最終的に決断を下すのは経営者ですが、専門知識のある弁護士の意見は重要です。

 

訴訟のコストについても、低く見積もっている経営者は意外と多いものです。なかには、日本国内で訴訟の経験があるのでだいたい分かるとおっしゃる方もいるのですが、海外取引で訴訟となると、言語の壁、法律の壁、距離や時差の壁が重くのしかかってきてコストを増加させます。

 

日本人同士が日本語で話していても訴訟では紛糾して時間がかかるのに、外国人と通訳を交えて訴訟となればさらに時間がかかります。訴訟の場所が外国の裁判所ともなると、通訳のコスト、移動のコスト、不慣れな相手国の法律に沿って書類を作成するコスト、顧問弁護士に加えて現地弁護士を雇うコストなどもかかってきます。

 

ちなみに、私がイギリスで働いていたときに聞いた話によれば、1、2日で終了するような簡単な仲裁であっても弁護士費用は150万ポンド(1ポンド=150円換算で2億2500万円)になるとのことでした。仲裁が長期化して尋問まですると、その2倍や3倍になるケースもあるそうです。

 

コストは金銭ばかりではありません。膨大な書類の準備や長期間にわたり繰り返される打ち合わせなどによる時間的コストや精神的コストもかかります。そして仮に総合的には勝ったとしても、100%「思いどおり」の結果になることは稀です。

 

実際、私自身の経験でも、海外取引をめぐる企業同士の争いで裁判や仲裁に至ることはほとんどありません。たいていはお互いの依頼する弁護士を交えての話し合いで、妥協点を見出しての和解となります。海外取引で裁判となると、お互いに多大なコストがかかることが分かっているので、和解の動機が強くなるのです。金銭で解決した場合でも、訴訟にかかるコストより割安と感じられることも多いのです。

裁判管轄と準拠法の取り決めが反故にされるケースも

ここまでの話は、海外の裁判所での訴訟を前提としていましたが、そうはならないケースもあります。契約書に、「訴訟となった場合は日本の裁判所で、日本の法律に準拠して解決する」と明記されているような場合です。これらは「裁判管轄」と「準拠法」と呼ばれる、英文契約書には欠かせない要素です。どの国の裁判所を使うか、どの国の法律に従って裁くかについても、契約であらかじめ取り決めておくことができるのです。

 

海外取引に関するノウハウ本などを見ると「裁判管轄」と「準拠法」を日本国のものとすることを勧めている記述などがありますが、それほど簡単なことではありません。「裁判管轄」と「準拠法」を自国のものとすることは、訴訟において有利になりますから、この条文はどうしても譲れないと、お互いに妥協しないことが多いからです。

 

もし、こちらが契約においてかなり強い立場にあるのであれば、「裁判管轄」と「準拠法」を日本にすることを相手に認めさせることができるかもしれません。しかし、そうでなければ逆に、相手国のそれに準じることを呑まねばならないこともあります。また、仮に「裁判管轄」を日本にすると取り決めてあっても、相手方が現地の裁判所に訴えて、そのまま現地の裁判所が管轄を認めてしまうケースもあります。特に発展途上国では自国の企業を守るためか、このような傾向が強くなります。

 

最近では、お互いの立場を重んじて、どちらの母国でもない第三国を選ぶ契約書もよく見かけます。例えば、日本企業と中国企業との取引であれば「仲裁地」と「準拠法」をシンガポールにするなどです。しかし、いずれにしても、外国での法的手続き対応となることに変わりはありません。どんなに力関係のうえで強くても、どちらかに一方的に有利な条件はなかなか成立しないのです。

 

また、訴訟抑止の効果がある方法の一つとして、裁判は、「被告(訴えられた方)の国で行う」と取り決める方法があります。訴えるほうの当事者が不利になるようにルールを作っておくことで、裁判のハードルを高くしているのです。この場合は「準拠法」も被告の国のものとなる可能性が高く、訴訟を提起するコストが高まります。この方法は一見よさそうに見えますが、契約そのものが自社にとってリスクが高いケースでは、訴訟が難しくなるためにトラブル解決の手法が狭まります。

 

いずれにしろ裁判は最終手段なので、リスクの高い契約の場合は決済を前金にしたり、取引金額や賠償金額の上限を定めたり、事前にそれなりのリスクヘッジを行いましょう。

片山法律会計事務所 弁護士

2001年、早稲田大学法学部卒業、2003年に弁護士登録。2009年に渡英。University of Southampton LL.M.(法学修士)コースワークに参加し、英米法、比較知的財産法、コーポレートガバナンスなどを学ぶ。2010年には法律事務所Hill Dickinson LLP(ロンドン)にて勤務研修を経験する。2012年に帰国。2017年、片山智裕弁護士とともに片山法律会計事務所を設立。豊富な海外経験を活かし、英文契約書の作成・リーガルチェック・翻訳、海外展開のアドバイザリー業務など、国際的なビジネスを展開する企業の法務をサポートしている。

著者紹介

連載国際企業法務に明るい弁護士が伝授 海外取引を成功に導く「契約締結」ノウハウ

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

菊地 正登

幻冬舎メディアコンサルティング

経済のグローバル化が進展した昨今、ビジネスにおける海外取引は増加の一途を辿っています。 こうして海外現地での事業や海外企業との取引が増えるにしたがって高まるのが、法務リスク。 海外マーケットにビジネスチャンスを…

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