今回は、海外企業との取引において、契約書に記載のない、メールや口頭での約束事に効力があるかどうかを見ていきます。海外取引でトラブルが生じた場合、金銭的コストだけではなく移動的コストや精神的コストなど様々なコストが発生する。ビジネスとして「利益」を重視した場合、訴訟ではなく双方の弁護士の話し合いによる「和解」を目指すことが望ましい。本記事は、書籍『海外取引の成否は「契約」で9割決まる』の著者であり、弁護士である筆者が、海外企業と日本企業における契約書への考え方の違いを解説する。

契約書の記載事項が絶対である「口頭証拠排除法則」

英米法にもとづいて作成された契約書は、サインされた契約書に書かれていたことが、絶対的な効力を持ちます。これを口頭証拠排除法則といいます。そのため、たとえ契約書の内容と異なることを口頭やメールなどで約束していたとしても、契約書が正式に交わされた時点で、それらはすべて無効になります。

 

日本の国内取引では、そうではありません。たとえ契約書に、「追加費用は認めない」と書いてあっても、「契約書上はこうなっていますが、別途諸費用をお支払いします」などと言われることはありますし、実際にそれで何の問題もなく通っています。また、うっかりと過去に口頭で約束したことを契約書に入れ忘れたとしても、過去の約束は約束で有効になります。

 

しかし、海外取引ではそれが通用しないことが多いです。なぜかといえば、英米法の口頭証拠排除法則が適用されるか、そうでなくともたいていは、「この契約書に書かれたことがすべてで、ほかの合意は存在しない」との一文が契約書に入っているからです。

 

もっといえば、その条項を盾にとって、悪事を働こうとする相手もたまにいます。さんざんドラフト(草稿)のやりとりを行って、ようやく合意に達してサインをするとなった時点で、何の断りもなく納期や金額をこっそりと自社に都合の良いように書き換えるのです。いちおうサイン前にすべてを確認することにはなっていますが、日本国内でのゆるい契約書文化に慣れていると、うっかりこの修正を見逃してサインしてしまうことがあります。そうすると、最終的にサインのある契約書に書かれた納期や金額が完全な効力を持つことになって、過去のやりとりは無視されることになってしまいます。

 

ですから、海外取引の契約書を作成するにあたっては、見逃しがないか内容を精査し、要求したいことがあれば、あくまでもビジネスと割り切って、お互いに遠慮なく付帯事項をつけるべきです。

お互いの将来のために、契約書では細かい取り決めを

そうはいっても実際にそのような英文契約書を作成してみると、すでに述べたように、「こんなに細かく指定して大丈夫? 相手が機嫌を損ねないだろうか?」と心配する日本企業の担当者が少なくありません。

 

心配は無用です。ビジネスとは、基本的に冷静で合理的な判断のうえで行うものですから、契約書に万が一の事態について触れてあっても、お互いに理解できています。逆に、万が一の事態について何も考慮せずにビジネスを進めるのだとしたら、そちらのほうが心配です。相手を「信頼」することと、リスクに備えておくことは、両立すると私は思います。

 

もちろんビジネスにはモチベーションも大事です。「これから一緒にやっていくぞ」と盛り上がっているときに、「失敗したら損害賠償金を払ってね」と突き付けることが、やる気に水を差すのではないかと感じられることも理解できます。実際に、相手方から送られてきた契約書を見て、「何か悪いことしたかな?」と不安になる日本企業の担当者もたくさん見てきました。

 

これについては、海外取引とはそういうもので、それが海外企業の普通のビジネス感覚である、と納得していただくしかありません。

 

アメリカなどでは、結婚する前にあらかじめ離婚の条件を定める「婚前契約書」を交わす人もいることをご存知の方も多いかもしれません。日本では、「結婚前から離婚の話なんて縁起が悪い」と眉をひそめる人も多いのですが、実際にやってみた人は、「今後の結婚生活について深く考えるきっかけになった」、「お互いに結婚について真剣に考えられるようになった」と、好意的に受け止めています。

 

日本でも、結婚生活を始めてから、「こんなはずじゃなかった」、「結婚したら人が変わった」などと思う人は多いようで、近年の婚姻件数に対して離婚件数の比率は35%近くにのぼっています。仮に「婚前契約書」があれば、発生しなかった離婚もあったかもしれません。

 

いずれにせよ、相手と自分とを「同じ考え方」だと勝手に仮定したうえでの契約は、そうでなかったときのトラブルが怖いものです。離婚でも同じことですが、揉めているときには冷静な判断や話し合いはできないからです。

 

ですから、お互いの関係が最も良好な契約前にこそ、万が一のリスクに備えた話し合いを行っておくべきです。契約前の、お互いに冷静な状態で話し合って作成した契約書は、感情的に対立したときも指針として機能しますし、お互いにどう対応したらよいかの判断基準にもなるからです。

 

契約書において、あらかじめ細かい取り決めを行うのは、お互いの将来のためと考えて、グローバルスタンダードの契約書を作成しましょう。

 

 

菊地 正登

片山法律会計事務所 弁護士

 

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