日本の「商習慣」「業界の常識」を基準に考えてはダメ
トラブルを話し合いで解決するといっても、あるいは訴訟の場で公正な裁きを待つといっても、そのときに重要になるのは、そもそもどのような契約を結んでいたかと、その証拠となる契約書の文面です。
相手を説得するにしろ、裁判官に訴えるにしろ、証拠がなければなりません。メールでの取引に関するやりとり、代金の支払いや製品の送付の記録など、証拠になるものは種々ありますが、基本となるのは契約書です。なぜならば、契約書とは、契約を交わした当時に、お互いが何を期待していたかを明確に表現したものだからです。日本企業の担当者のなかには、契約書はあくまでもかたちだけのものだと考えて、昔から使っていて実態にそぐわなくなっている書式の契約書を平気で提出してきたり、あるいはインターネットや書籍などから写したテンプレートの契約書を、数字だけ書き換えたりする人もいるようですが、それでは揉め事が起きたときに不利になりかねません。
本来、契約書とは、お互いが思い描くビジネスの内容が、その想定どおりにうまくいくように描く設計図です。ですから、実態にそぐわない形式だけの契約書や、どのような企業にもある程度は当てはまるように内容を丸めて薄くしたテンプレート書式をそのまま使うと、問題が残ります。
ビジネスのあり方に沿った契約書を用意することの重要性が分かる例を一つ挙げます。日本企業が外国に製品を販売するにあたって、現地の販売代理店と提携して製品を卸す契約を結んだとします。このとき、当然ながら日本企業は現地の販売代理店の販売力や広告宣伝活動に期待しているわけですが、その費用は販売代理店持ちでやってほしいと思っているとします。しかし、販売促進費用について契約書で何も定められていないと、あとになって販売代理店から費用を請求されることにもなりかねません。
このとき、「販売促進費用は販売代理店持ちとする」という一般的な商習慣や口頭の約束があったとしましょう。だとすれば、当然、販売代理店のほうも当初は、「販促費用は請求しない」と考えていたはずです。しかし、仮に、その製品がまったく売れず、販売代理店が赤字を出して、製品の取り扱いを中止するかどうかとなったときに、「売れなかったのは製品のせいもあるのだから、やはり販促費用をいくぶんかは負担してもらいたい」などと考えないとは限りません。ましてや、その赤字によって経営が苦しくなったとなれば、「今後もビジネスを継続しなければならないのだから、是が非でも販促費用を出してもらいたい」と、考えずにはいられないでしょう。契約書に何の取り決めもない以上、そこに交渉の余地が残されていることになります。
ですから、「こんなことは当たり前だから、わざわざ契約書に記さなくてもよいのではないか」ということも、契約書の文面にしておく必要があります。日本企業同士であればわざわざいうまでもない当たり前の商習慣でも、外国企業との間ではそうでないことがあります。日本の、「業界の常識」と海外のそれとは同じではありません。したがって、海外取引における契約書の重要性は、国内取引以上に増してくるのです。
あらゆる事態を想定し、逐一「取り決め」をしておく
特に、解約についてはあらかじめ取り決めておく必要があります。海外取引のトラブルの多くは解約時に起きているからです。一方的で相手にとって不本意な解約を強いると、たとえ契約書に明記してあってもクレームが出されることが多いのです。契約書に取り決めがなければ、揉めることは必至です。
海外取引における契約書は、くれぐれも不備がないように丁寧に作成するに越したことはありません。解約の条件や手続きだけでなく、費用負担、補償、品質保証などについても、想定できる限りにおいて、あらかじめ取り決めておくべきです。そうでなければ、一度トラブルとなるや、「言ったもの勝ち」とばかりに、諸条件を次々と交渉のテーブルに乗せられて、防戦一方になるかもしれません。
最初に到底無理な条件を出されて抵抗すると、「それを引っ込める代わりに、こちらの案を呑んでほしい」などと妥協を強いられることもよくあります。「それは日本では当たり前のことで、商法に則っているから書いてないだけだ」などと主張しても、契約書に、「日本の法律に準拠して判断する」などと書かれていなければ、説得力がなくなります。それくらい、日本での国内取引と、海外取引とでは勝手が違います。
海外取引で拠りどころとなるのは、お互いが同意した契約書の文面だけです。ですから、トラブルが起きてしまってから弁護士に頼むのではなく、最初から弁護士のアドバイスを聞きつつ、いざというときに間違いのない武器になるような、強い契約書を作成したほうがよいと思います。
菊地 正登
片山法律会計事務所 弁護士