本記事は、書籍『海外取引の成否は「契約」で9割決まる』の著者であり、弁護士である筆者が、今回は、海外取引の相手企業にカモにされないための契約書の作り方について説明します。

「隙あらば利を得よう」という海外企業に対抗するには

一説によると、日本企業が海外企業を買収(M&A)した場合の成功率は3割程度だそうです。

 

確かに、株式会社東芝のウエスチングハウス・エレクトリック・カンパニーの買収、キリン株式会社のスキンカリオールの買収、ソニー株式会社のコロムビア・レコードの買収、NTT(日本電信電話株式会社)のディメンション・データの買収、日本郵政株式会社のトール・ホールディングスの買収など、巨額の損失を計上することになった事例はいくつもあります。これは、国内と海外の文化の違いを甘く見たことと、契約に弱く高値掴みをしていることが理由の一部だと考えられます。

 

他方で、M&A自体が悪いわけではないとの考え方もあります。国内企業同士のM&Aであれば、楽天株式会社、ソフトバンク株式会社や日本電産株式会社をはじめとして、数々の成功事例があります。この3社は海外M&Aも数多く成功させています。日本人がM&Aに弱いわけではなく、海外取引に不慣れであるために、失敗しやすいのではないでしょうか。

 

というのも、実際に海外取引の現場に携わっている実感として、日本企業の担当者は、海外企業の担当者に比べて「お人よし」の傾向があると感じているからです。逆のケースもあるでしょうから、あまり日本ばかりが被害者だとはいえないのですが、実際に私のもとに持ち込まれる案件を見ていると、「騙された」と感じられるものが多いのです(トラブル案件だから当然かもしれません)。

 

特に多いのが、中国企業とのトラブルです。無論すべての中国企業が悪いというわけではありませんが、いくつかの中国企業には、「騙されるほうが悪い」、「払わなくて済むお金は払わない」、「製品やサービスを真似るのは悪いことではない」といった考え方があるような気がします。そのような企業と、うかうかと取引をしてしまうのも悪いのでしょうが、日本国内と比較すると、信頼できない企業に当たる確率が多いと感じています。

 

このような新興国企業に、比較的うまく対応していると思わせるのが、英米系の企業です。彼らの場合は、もともと成文法としての法律が体系化されていない英米法の文化を持つこともあり、とにかく、「そんなことまで」と驚くほど詳細な契約書を作成しています。この契約書の効果は馬鹿にできないもので、「隙あらば利を得よう」と考えている企業も、あからさまな契約違反をするわけにいかず、動きがおとなしくなるのです。

 

ですから、日本企業も国際標準に則って、英米系の詳細な契約書を作成するべきでしょう。日本の商習慣はどうしても「信頼関係」を築くことに主眼が置かれていて、お互いに胸襟(きょうきん)を開いて関係ができたのであれば、まさかこちらを騙すようなことはするまいと、相手を信じて鷹揚な契約を交わしてしまいがちなのです。

 

これは、契約書に看過できない条文があったときの態度によく表れています。相手から送られてきた契約書に、すぐには受け入れられない条件が盛り込まれていたとき、「これはどのような意味ですか?」と質問します。そして、「それは形式上のものです」や、「テンプレートです」といった回答を得ると、「相手に悪意がないのだから、実際にこんな厳しいことはしないだろう」と安心して矛を収めてしまうのです。日本企業の多くはいつも同じようなことを国内の取引で行っているからです。

 

ところが、英米系の企業は、契約前には形式上だと言ったとしても、実際に事が起きれば、契約書の文面どおりの対応を求めてきます。日本企業は、事が起きた時点から「話し合い」での解決を求めますが、彼らにとって「話し合い」は契約書作成時点ですでに終わっているのですから、あとは文面どおりに粛々と、事態を解決することにしか興味はありません。契約書の内容を離れたゼロベースの交渉などしてくれないのです。

 

あえて強調して警告すると、契約書の文面を「形式」であって、その後も「話し合い」ができると考えているのは、契約書文化に慣れていない日本の中小企業だけです。日本国内でも、海外取引の多い大手企業や、トラブルが多くなりがちなIT企業などは、分厚い契約書を作ってリスクヘッジをする傾向がありますが、モノの売買をしている企業は、モノをいくらで売るかについての条項と秘密保持条項くらいで、「あとは現物を見れば分かるよね」といった杜撰な契約が多いようです。国内取引ではそれで問題がないとしても、海外取引では通用しないことを、肝に銘じていただければ幸いです。

契約書をリスクヘッジとして機能させる

もっとも、いうまでもないですが、細かい契約書を作成すればそれで完璧というほど単純なものではありません。

 

例えば、国によっては現地法人が保護される法律が多くあり、何も知らずに厳しい契約書を作成したとしても、その条項が法律で認められずに、裁判では無効と判断されることがあります。それを熟知している相手方が、平気で契約違反をしてくることもあります。

 

また、欧米の企業は非常に細かいところまで契約書で規定してくるのですが、コンプライアンス意識が高く相場もよく分かっているので、裁判では問題にならない程度のぎりぎりの有利な条件を突き付けてきます。これに対し、日本企業は欧米企業に比べて交渉に慣れていないことが多く、条件面で不利になることが多いのです。

 

そして、実際にトラブルが起きて損害賠償などを請求されたときに、日本企業は早く事態を収めたいと思い、言いなりにお金を支払ってしまうケースもよく見られます。交渉になるだろうと分かっている相手方は、最初は相場よりも高値を持ちかけてくるのですが、経験が少ないとそれが分からず、交渉せずに高値のまま支払ってしまうのです。単にビジネスの交渉なのに、クレームをつけられると気後(きおく)れして、「こじれるまえに終わらせたい」と、言われるがままお金を出してしまうということです。

 

言い方は悪いですが、日本企業をカモにしている海外企業も見受けられます。このような事態も、契約書で賠償金額の上限や賠償する条件を事細かく決めておけば、一定程度は防ぐことができます。

 

以上の話から、契約書は実際の取引を追認するようなかたちだけのものではなく、文化の相違があることを前提に、あらかじめ理想のビジネスの状態を規定しておくものであり、また、何か問題が起きたときのリスクヘッジにするものだということがご理解いただけたと思います。

 

 

菊地 正登

片山法律会計事務所 弁護士

 

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