「信義則」の日本企業は、自社に不利な契約を結びがち
日本企業の契約書を軽視する文化に対して、海外企業には契約書を自社に有利なように徹底的に作り込む文化があります。そのため、海外取引において日本企業は、知らず知らずのうちに自社に不利な契約を結ばされる傾向があります。
例えば、昨今は日本のマンガ、アニメやゲームなどのコンテンツがアメリカで映画化されることがよくあります。すぐに思いつくところでは『GODZILLA(ゴジラ)』、『The Ring(リング)』、『EDGE OF TOMORROW(日本版タイトルは、オール・ユー・ニード・イズ・キル)』、『Death Note(DEATH NOTE)』などが挙げられます。
このとき、アメリカ側が原作の全世界的な二次利用権などを要求することが多くあります。つまり、商品化はもちろん、続編などの新たな映画化、ノベライズの二次利用権や、別の国への版権譲渡権など、ありとあらゆる権利を持とうとするのです。それだけ、アメリカでの映画化には知名度と利用度があると考えているのでしょう。
ところが、そのような要求を認めてしまうと、将来的に日本で新たに映画を作る場合にも、アメリカの許可が必要になります。また、作品が大ヒットして、仮に中国でリメイクしたいといわれた場合にも、その許諾権やライセンス収入がアメリカのものになってしまいます。これは、原作を持つ日本側にとってかなり不利な契約といえるでしょう。
当然、どんなに不利な内容であっても、双方が納得して契約を結んだのであれば、その内容は有効になります。しかし、どちらかが契約書の文言の内容をよく理解していなかったり、解釈を間違えたりしていた場合、トラブルのもとにもなりかねません。ですから、海外取引では契約書の細かなチェックがどうしても必要です。この点において、「信義則」をもとに、シンプルな、かたちだけの契約書を交わしてきた日本企業は、海外企業に二歩も三歩も遅れています。
実際に起きた「ウルトラマン」の権利に関する訴訟
トラブルになった有名な事例では、「ウルトラマン」の権利に関する訴訟があります。順を追って見ていきましょう。
ウルトラマンを作った株式会社円谷(つぶらや)プロダクションは、初代社長の円谷英二氏の創業したファミリー企業でした。当然、ウルトラマンのすべての権利は円谷プロダクションに帰属します。この円谷プロダクションと提携して、特撮映画『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』などを製作したのが、タイのチャイヨー・プロダクションです。
このチャイヨー・プロダクションのソンポテ社長は、円谷プロダクション3代目社長の円谷皐(のぼる)氏と同世代で、親しく付き合っていました。ところが円谷皐氏の死後に、「実は、ウルトラマンの海外利用の権利をすべて譲渡される契約を結んでいた」と主張して、円谷プロダクションと争いになりました。円谷プロダクションが、「契約書は偽造」と主張し、チャイヨー・プロダクションが、「契約書は本物で契約内容は有効」と主張したのです。
裁判の結果、タイでは円谷プロダクションが勝ち、日本ではチャイヨー・プロダクションが勝ちました。このように、それぞれの国の裁判所で逆の結論が出るというグレーな状態では各国の関係者もウルトラマンというコンテンツに手を出しにくくなります。日本の誇るウルトラマンというコンテンツの海外展開が低迷したのは、この訴訟の影響もあるのでしょう。
1997年から延々と裁判で争ってきた両者ですが、2018年にアメリカはカリフォルニア州の地裁で、円谷プロダクションの主張を全面的に支持する判決が下されました。しかし、日本での最高裁判決が覆ることはありませんし、これだけこじれたコンテンツに対し積極的に利用したいと手を挙げる海外の企業も少ないでしょう。ウルトラマンという日本の知財の権利は、大きく傷つけられたままといえます。
このように契約の存在や内容は極めて重要であり、それらがビジネスに与える影響をよく理解しないままに事業を進めると、トラブルの原因になります。それは日本国内でも同じことですが、海外取引の場合には、言葉の壁、文化の壁、商習慣の壁、法律の壁が存在するために、こじれるリスクが高まります。
菊地 正登
片山法律会計事務所 弁護士