失礼?不躾?日本的配慮が足かせになる、海外企業との契約締結

海外取引でトラブルが生じた場合、金銭的コストだけではなく移動的コストや精神的コストなど様々なコストが発生する。ビジネスとして「利益」を重視した場合、訴訟ではなく双方の弁護士の話し合いによる「和解」を目指すことが望ましい。本記事は、書籍『海外取引の成否は「契約」で9割決まる』の著者であり、弁護士である筆者が、海外企業と日本企業における契約書への考え方の違いを解説する。

ネガティブな事態を想定・記載するのは相手に失礼!?

日本企業の方に、「海外取引では、ネガティブな事態も想定して契約書に盛り込むことが大切です」と説明すると、抵抗を示されることがあります。「そんなにネガティブな事態を想定して記載したら、相手に対して失礼ではないか」と言うのです。

 

私も日本人ですから、その感覚はよく分かります。「品質が悪かったら解約する」と書くと、まるで、「品質が悪かろう」と相手に対して言っているような気がしますし、「補償金は理由を問わず支払わない」と書くと、「補償金でごねても無駄だぞ」と相手を脅しているような気がするものです。

 

その感覚は細かい契約書に慣れていない人が抱くもので、慣れてしまえば何とも思わなくなります。外国企業がネガティブな事態を想定した契約書を書いたり送ったりしても平気なのは、それがビジネスの当然のルールだと感じているからです。ですから日本企業の担当者も、「相手に失礼」などと気を回す必要はないでしょう。

日本の快適な社会システムを支える法体系、「大陸法」

では、日本企業も海外取引に慣れてくれば、グローバルスタンダードの契約書を作成できるようになるのでしょうか。その答えは、私にはまだ分かりません。

 

なぜ日本では契約書に対する意識が高くないのかは難しい問題です。

 

法学者の川島武宜教授が著した『日本人の法意識』には、次のように書かれています。

 

「日本人は法律や契約を単なる建前として考える傾向が強く、よって必ずしも重視せず、実際にトラブルがあっても話し合いや人間関係で解決に至ると考えがちである」

 

また、弁護士の福井健策氏は『ビジネスパーソンのための契約の教科書』で、日本について次のように解説しました。

 

「同じ地域・同じ業界などの『共通のグループ』にお互いが所属している場合、いちいち明確な取り決め(契約)をしたり法律どおりに進めたりしなくても、グループの慣習に従えばすむし、仮にもめごとになってもそうしたグループ内の話し合いや力関係で解決をしやすい」

 

どちらも十分にうなずける指摘です。ただし、それが日本人の国民性によるものかというと、疑問符がつきます。

 

東京大学の法学者ダニエル・フット教授は、『裁判と社会──司法の「常識」再考』のなかで、何らかのトラブルに際して裁判を忌避して、話し合いで解決したいとする傾向は、日米中を問わずに存在すると指摘しました。そのうえで、交通事故の紛争に限っては、日本は米中より裁判を避ける人が多いが、これは日本において裁判以外の交通事故処理のシステムが発達しているからだとしました。

 

確かに裁判以外で問題が解決するのであれば、わざわざ裁判所に訴える必要はありません。逆に、裁判でもしなければトラブルが解決しない社会であれば、裁判の件数も多くなるでしょう。

 

その意味では、日本人の国民性が争いを好まないというよりも、正面切って争わなくてもよい社会や制度を日本が作り上げてきたといったほうが的を射ているかもしれません。また、アメリカや中国では、面倒でも裁判をするメリットが大きいのに対し、日本では裁判をするメリットが少ないともいえます。

 

つまり日本は、総体的に暮らしやすい社会システムを築いているといえます。その背景にあるのが、膨大な細かい法令の体系です。交通事故処理のシステムに見られるように、日本では、「こういうときにはこのように対処する」という一般的なルールが比較的細かくできていて、それに従う人が多いのです。それが、民法や商法や商習慣といったかたちで、社会のすみずみに根付いています。

 

その理由の一つは、日本の法体系がヨーロッパ大陸から輸入された「大陸法」にもとづいているからです。大陸法とは、成文法ともいわれるように、民法や商法など、文字によって明確に定められた法律を持ち、それを遵守する法体系のことです。法令が細かくできているので、何か起きたときにどう判断し、どう行動すべきかがあらかじめ予測しやすく、いちいち裁判に訴える必要が少なくなります。

規範が少なく、細かな取り決めが必要な「英米法」

大陸法と対比されるのが、ヨーロッパ大陸から離れたイギリスで発展し、のちにアメリカをはじめとするイギリス植民地に広がった「英米法」です。英米法は、判例法とも呼ばれるように、過去に裁判所が下した実際の判例の積み重ねによって法規範を作るものです。成文としての法体系が少ないために、何かトラブルがあったときにどう判断すべきかが、実際に裁判をしてみないと分かりにくいところがあります。

 

大陸法と英米法は、どちらが一概に良いというわけではなく、それぞれメリットとデメリットがあります。しかし、英米法を使っているアメリカが強国となって、ドルが国際貿易の基軸通貨となり、英語が国際共通語となったために、海外取引においては英米法に従うのがグローバルスタンダードになりました。そのため、海外取引には確固たる規範が少なく、個々の契約でいちいち細かい取り決めをしなければならない面が多いのです。

 

具体的に一つ例を挙げると、英米法では契約違反は無過失責任(故意や過失がなくても責任がある)となっているので、契約書には、「以下のような場合は責任を生じない」と書かれ、その下に不可抗力事由の具体例がたくさん挙げられている不可抗力の場合の免責条項が必ず付帯しています。そうしなければ、不可抗力のケースでも責任を問われてしまうからです。また、不可抗力事由が細かく挙げられるのも、先に述べたとおり英米法を背景とする英文契約書の特徴です。

 

しかし、大陸法の日本では契約違反は過失責任なので、不可抗力の場合はそもそも責任を負うことはありません。つまり天災や戦争によって製品が届かなかったりしても損害賠償をする責任はないのです。ですから、日本語の契約書には通常は不可抗力条項の記載もありません。

 

このような違いを理解せずにいると、日本の慣習に則り、不可抗力条項(以下の場合は責任がない)を記載しないままに契約書を交わしてしまい、のちに不可抗力の事態を原因とする損害賠償請求をされることにもなりかねないのです。

 

 

菊地 正登

片山法律会計事務所 弁護士

 

片山法律会計事務所 弁護士

2001年、早稲田大学法学部卒業、2003年に弁護士登録。2009年に渡英。University of Southampton LL.M.(法学修士)コースワークに参加し、英米法、比較知的財産法、コーポレートガバナンスなどを学ぶ。2010年には法律事務所Hill Dickinson LLP(ロンドン)にて勤務研修を経験する。2012年に帰国。2017年、片山智裕弁護士とともに片山法律会計事務所を設立。豊富な海外経験を活かし、英文契約書の作成・リーガルチェック・翻訳、海外展開のアドバイザリー業務など、国際的なビジネスを展開する企業の法務をサポートしている。

著者紹介

連載国際企業法務に明るい弁護士が伝授 海外取引を成功に導く「契約締結」ノウハウ

 

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

菊地 正登

幻冬舎メディアコンサルティング

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