「もうここにいたくない」深夜1時、母から届いた電話
82歳の美代子さん(仮名)は、介護付き有料老人ホームで暮らしています。要介護2の認定を受けており、歩行には杖が必要で、入浴や着替えにも一部介助を受けています。
以前は78歳の夫・弘明さん(仮名)と自宅で暮らしていましたが、転倒による骨折をきっかけに、生活が大きく変わりました。
退院後も足腰の不安が残り、夫だけで日常生活を支えることが難しくなったため、家族で話し合って施設への入居を決めたのです。
ホームは自宅から車で約20分の場所にあり、月額費用は約23万円。美代子さんの年金と夫婦の貯蓄から支払っています。
58歳の娘・真理さん(仮名)は、週に1回ほど母のもとを訪れていました。
「母は最初、食事の支度をしなくていいし、困ったときに手伝ってもらえるから楽だと言っていたんです。職員の方も親切で、私も安心していました」
実際、美代子さんは施設の体操や季節の行事にも参加し、ほかの入居者と談笑する姿が見られました。
ところが入居から半年ほどたった頃から、面会時にこんな言葉が増えていきます。
「家の庭はどうなっているの?」「お父さんはちゃんとご飯を食べている?」
真理さんが「庭はお父さんが手入れしているよ」と答えると、母は安心したように笑います。それでも、帰り際になると「もう帰るの?」と寂しそうな顔をすることがありました。
真理さんは、母が新しい生活に慣れるまでの一時的な寂しさだと考えていたそうです。
そんなある日の午前1時過ぎ、母から突然電話がかかってきました。
「真理、もうここにいたくない。家に帰りたいの」
声は震えており、今にも泣き出しそうでした。
「どうしたの? 何かあった?」
真理さんが尋ねると、美代子さんは「お父さんのところに帰りたい」と繰り返します。
真理さんは施設に連絡し、母の様子を確認してもらいました。職員からは、体調に異常はなく、しばらく話をすると落ち着いたとの説明がありました。
翌朝、真理さんが施設を訪れると、母はベッドの横に小さなバッグを置いて座っていました。中には着替えと財布、そして自宅の鍵が入っていました。
「迎えに来てくれたの?」
そう尋ねる母の顔を見て、真理さんはすぐに返事ができなかったといいます。
