退職後最初の月曜日、テーブルに置かれた「家事リスト」
「定年したら、最初の1ヵ月くらいは何もしないつもりでした」
そう話すのは、61歳の隆之さん(仮名)です。
大学卒業後から会社員として働き、60歳で定年。その後は継続雇用制度を利用して1年間勤務し、61歳で退職しました。
妻の真理子さん(61歳・仮名)は、週3日、近所の事務所でパート勤務をしています。
子ども2人はすでに独立。夫婦2人の生活になってからは、真理子さんなりの生活リズムができていました。
午前中に家事を済ませ、仕事がない日は友人とランチへ行ったり、図書館へ行ったりする。夕方になると食事を作り、隆之さんの帰宅を待つ――。
隆之さんの退職が近づいたころ、夫婦の会話に少しずつ変化が出てきました。
「退職したら何するの?」
「しばらくはゆっくりするよ。朝も好きなだけ寝られるし」
隆之さんは楽しそうでした。真理子さんは「そう」と答えたものの、内心では別のことを考えていたといいます。
夫が家にいるようになれば、昼食も必要になる。出かけるたびに「どこへ行くの?」と聞かれるかもしれない。自分がテレビを見ている横で、夫が一日中過ごすことになるかもしれない。
そして迎えた退職後、最初の月曜日。隆之さんが朝食を終えると、真理子さんが1枚の紙をテーブルに置きました。
「何これ?」
「家事で毎日やっていること。全部じゃないけど」
ゴミ出し、洗濯、風呂掃除、食器洗い、日用品の補充――。曜日ごとの作業も書いてあります。
隆之さんは思わず笑いました。
「定年初日から仕事を割り振られるの?」
「全部やってって言ってないよ。でも、私の仕事が増えるのは違うでしょう」
真理子さんが言いたかったのは、夫に家事をすべて任せたいということではありませんでした。
それまで日中いなかった夫が毎日家にいるようになっても、自分だけがこれまで通り家事を担うのは違うのではないか。そう考えていたのです。
厚生労働省『令和7年 高年齢者雇用状況等報告』によると、従業員21人以上の企業の99.9%が65歳までの雇用確保措置を実施済み。その内訳は「継続雇用制度」が65.1%、「定年の引上げ」が31.0%、「定年制の廃止」が3.9%です。隆之さんのように60歳定年後もしばらく働き、その後に退職するケースも想定される時代です。
隆之さんも、会社を離れて初めて、家庭での自分の役割を考えることになりました。
