「最近よく来てくれるな」息子の訪問を楽しみにしていた父
82歳の邦彦さん(仮名)は、79歳の妻・澄子さん(仮名)と2人暮らし。長年会社員として働き、現在は年金を中心に生活しています。
自宅は住宅地にある築35年の一戸建て。住宅ローンは完済しており、預貯金と有価証券が約3,000万円、自宅の土地・建物の評価額が約5,000万円。資産は合わせて約8,000万円です。
夫婦は大きなぜいたくをすることもなく、穏やかに暮らしていました。
そんな邦彦さんの楽しみになっていたのが、52歳の長男・健一さん(仮名)の訪問です。以前は正月やお盆に顔を見せる程度でしたが、半年前から毎週日曜日に実家へ来るようになりました。
「重いものを買うなら、俺が車を出すよ」
健一さんはスーパーへの送迎だけでなく、庭木の手入れや電球の交換なども手伝ってくれます。
「毎週来てくれるなんて、ありがたいよ。最近は本当に親孝行になったな」
邦彦さんがそう話すと、息子は照れくさそうに笑っていたそうです。
健一さんは妻と高校生の息子がいる会社員でしたが、数ヵ月前に独立して小さな事業を始めていました。邦彦さんも独立したことは聞いていたものの、仕事の詳しい状況までは知りませんでした。
ある日、健一さんは父親にこんな話を持ちかけます。
「父さん、もし入院することになったら、通帳とか大事な書類がどこにあるか、俺も知っておいたほうがいいよね」
邦彦さんは、もっともな話だと思いました。82歳という年齢を考えれば、万一のときに家族が困らないよう、財産の保管場所を伝えておく必要があると感じていたのです。
そこで、通帳や保険証券、不動産関係の書類を保管している引き出しを見せました。実印も、同じ引き出しに入れてありました。
ところが、その数週間後。邦彦さんが書類を整理していると、いつもの場所に実印がありません。
妻に尋ねても、触っていないといいます。引き出しの奥や別の棚も探しましたが、見つかりません。
最後に実印を見たのは、息子に書類を見せたときだったはずです。邦彦さんは迷った末、健一さんに電話をかけました。
「この前、実印を見せただろう。どこかに移していないか?」
しばらく沈黙が続いたあと、息子は小さな声で答えました。
「ごめん。俺が持っている」
