〈登場人物〉
加藤社長:10年前に創業者の父から事業を承継した代表取締役。取引先の要請に応じた事業拡大により、組織運営に課題が生じている。組織的歪みに危機感を覚える一方で、ここを乗り越えれば会社が変わるという思いがある。経営労務に主体的に取り組みたいと考えている
林労務責任者:現場の実情に詳しく、労務の重要性を誰よりも理解している。しかし、それを経営層にわかりやすく伝えられず、さらに経営と労務の距離が開く悪循環に悩んでいる。現場出身で実務には精通しているが、経営視点で労務を扱える機会はこれまで少なかった
田中監査役:経営と現場の橋渡し役。加藤と林の対話が噛み合わない時に理解を促進する
山下顧問:豊富な経営経験を活かし、外部の視点から同社が社会の変化に対応できるよう助言する。MCRIサイクルによる体系的アプローチを導く
【EXECUTIVE SUMMARY】
報告(R)と改善(I)は表裏一体だ。
ヨルベロジスティクス社はSNS炎上で学んだ。「通報ゼロ=リスクゼロ」という誤解。内部通報制度を整備し、統一的な報告基準を設け、M&A先にも展開した。
しかし、測定の先には「可視化の谷」がある。不都合な真実が見える。過労死ラインへの抵触懸念5名、未払賃金1,200万円。「知らなければよかった」という誘惑。ここで目を背けずに、構造的原因を分析し、改善する―これが経営者の責任だ。
1年後、過労死ラインはゼロ、内部通報制度も実効化、従業員満足度は42%から78%へ。MCRIサイクルを回し続けることで、労務管理は「事後対応型」から「予防型」へ進化する。対話を通じて、制度は文化として根付き、組織は変わる。
労務改善もSNS炎上が避けられなかった理由
ヨルベロジスティクス社 経営会議
加藤社長:まず、経営会議で決めた統制の効果を報告してください。
林労務責任者:はい。3つの観点で報告します。
【安全配慮義務の観点から】過労死ラインに近かったA地域の5名について、B地域からの短期応援により労働時間が削減され、現在は全員が月60時間以内に収まっています。
【簿外債務の観点から】未払賃金1,200万円のリスクについて、配送スケジュールの見直しと残業代計算式の修正により、新規発生はほぼゼロになりました。過去3年分の精算も計画どおり進んでいます。
【雇用制約の観点から】B地域から3名がA地域への短期応援に参加し、「スキルアップの機会」として好評です。
加藤社長:良い成果ですね。測定(M)→統制(C)のサイクルが機能している。…ただし、昨日X(旧Twitter)で当社に関する投稿が炎上している件、皆さんもご覧になったと思います。「ヨルベロジスティクスでハラスメント放置・熱中症対策不備」という内容です。すでに1万リポストを超え、ニュースサイトでも取り上げられました。事実関係はいかがでしょうか?
林労務責任者:申し訳ございません。実は3週間前に、M&A先の運送会社でパワハラの相談が2件ありました。上司が部下に「使えない」と繰り返し発言していたというものです。また、夏場の配送中に水分補給の時間が取れず、休憩場所にも冷房設備がないという指摘もありました。ただ、緊急性が低いと判断してしまい…
加藤社長:3週間前? なぜ報告が上がってこなかったのですか? 私は昨日SNSで初めて知りました。
林労務責任者:統一的な報告基準がなく、各拠点が独自の基準で判断していました。また、M&A先の拠点では、当社の内部通報制度も周知されていませんでした。
山下顧問:内部通報制度の運用状況はどうでしたか?
林労務責任者:これまで内部通報はゼロでした。そのため、リスクはないと考えていました。
