(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢になってから離婚や別居を選ぶ夫婦は珍しくありません。いわゆる「熟年離婚」は以前から知られていますが、その背景には長年積み重なった価値観の違いや介護、不公平な家事負担など、さまざまな事情があります。若い頃なら我慢できたことが、人生の残り時間を意識する年代になると耐えられなくなることもあります。

夫の介助をきっかけに決壊した思い…73歳妻の決断

決定打となったのは、健一さんが腰を痛めたときでした。

 

命に関わる病気ではありません。しかし数ヵ月にわたり、日常生活の手助けが必要になりました。

 

和子さんは病院への送迎をし、買い物をし、食事を作り、薬の管理も引き受けました。若い頃から何度も家族の世話をしてきた和子さんにとって、それ自体は特別なことではありませんでした。

 

ただ、そのとき初めて気づいたのです。自分が疲れていても、誰も気にかけてくれないことに。

 

健一さんから聞こえてくるのは、

 

「病院は何時だ」

「薬はどこだ」

「昼飯はまだか」

 

そんな言葉ばかりでした。

 

感謝の言葉が欲しかったわけではありません。けれど、自分が当然のように扱われていることが、どうしても苦しくなってしまったのです。

 

ある日の夕方、和子さんは食卓で静かに口を開きました。

 

「ごめんなさい、もう無理です」

 

「私は50年間、家族のために生きてきました。でも、残りの人生まで同じことを続ける自信がありません」

 

健一さんは言葉を失いました。

 

その後、和子さんは娘に相談し、小さな賃貸住宅で一人暮らしを始めました。年金は月12万円ほどです。

 

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円で、平均では毎月約3万円の不足が生じています。

 

経済的に楽な生活ではありません。

 

それでも和子さんは、

 

「自分で一日を決められることがこんなに楽だとは思わなかった」

 

と話します。

 

一方の健一さんも、初めて洗濯や食事の準備に向き合うことになりました。妻がいなくなって初めて、自分がどれほど生活を支えられていたのかを実感したのです。

 

熟年離婚や高齢期の別居は、突然起きるわけではありません。多くの場合、その背景には長年積み重なった感情があります。

 

和子さんは今でも、健一さんとの50年間を否定するつもりはないと言います。子どもを育て、家を守り、多くの時間を共に過ごしてきました。その事実は変わりません。

 

ただ人生の残り時間を考えたとき、自分自身のために生きてみたいと思ったのです。

 

夫を責めるためではなく、73歳の和子さんが自分の人生を取り戻すために選んだ、最後の決断だったのかもしれません。

 

 

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