「定年を迎えたら行こう」夫婦で話していた世界一周の夢
約100日間の航海を終え、港に降り立った美智子さん(仮名・65歳)のスーツケースには、各地で買った小さな土産が詰まっていました。
ヨーロッパの港町を歩き、地中海を眺め、船上では夜遅くまで乗客同士で話をする。長年憧れていた世界一周クルーズでした。
「本当に夢みたいな100日間でした。船に戻れば部屋があって、寝ている間に次の国へ向かっている。こんな旅はもうできないかもしれないと思って、毎日写真を撮っていました」
美智子さんは大学卒業後、会社員として働き、結婚後も仕事を続けました。夫との間には2人の子どもがおり、教育費や住宅ローンを抱えていた時期には、海外旅行はほとんどできなかったといいます。
世界一周クルーズを知ったのは50代前半のころでした。パンフレットを見ながら夫に「いつか行ってみたいね」と話すと、夫も「定年になったら行こう」と乗り気でした。
しかし、その「いつか」はなかなか訪れませんでした。
子どもの大学進学が重なり、住宅ローンも残っていました。さらに美智子さんは実母の生活を手伝うため、休日に実家へ通うことが増えました。
「100日も仕事を休むなんて無理でしたし、数百万円を旅行に使う勇気もありませんでした。60歳になったら、退職したら、とずっと先に延ばしていました」
ところが美智子さんが59歳のとき、夫が亡くなりました。その後しばらくは旅行のことを考える気にもなれず、パンフレットも処分しました。
転機になったのは、64歳で退職したときです。
退職金や預貯金、今後受け取る年金を整理していると、以前夫と話していた世界一周のことを思い出しました。
子どもたちはすでに独立しており、自宅の住宅ローンも完済しています。老後資金を計算したうえで、美智子さんは約100日間のクルーズを申し込みました。
旅行代金に加え、港湾関連の費用、保険、現地ツアーや船内での支出などを合わせ、総額は約430万円になりました。
「安い金額ではありません。でも、このために働いてきた部分もあると思って、使うことにしました」
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上で何らかの学習活動に参加している人は28.4%です。また、社会活動に参加した人のうち、生きがいを「十分感じている」「多少感じている」と答えた割合は84.6%で、活動に参加していない人より23.0ポイント高くなっています。高齢期にも、新しい経験や人とのつながりを持つことは、暮らしの充実と無関係ではありません。
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