「あと少しの辛抱」…そう思い続けた50年
和子さん(仮名・73歳)は、23歳で健一さん(仮名・75歳)と結婚しました。
健一さんは会社員として真面目に働き、家族を養ってくれました。一方で、家庭のことにはほとんど関心がありませんでした。子どもの学校行事、地域の付き合い、双方の親の世話、家事全般。その多くを和子さんが担ってきました。
もちろん若い頃から不満がなかったわけではありません。
それでも当時は、「夫は仕事、妻は家庭」という考え方が一般的でした。和子さん自身も、「今は忙しいだけ」「定年になれば少しは変わるだろう」と考えていたのです。
実際、子育て中は毎日が慌ただしく、自分の気持ちを振り返る余裕もありませんでした。子どもが熱を出せば仕事を休み、学校から呼び出しがあれば駆けつける。双方の親が高齢になれば介護や通院の付き添いも引き受けました。
健一さんはその間も仕事に打ち込み、家庭の細かなことは妻に任せきりでした。
「お父さんは仕事で疲れているんだから」
そう自分に言い聞かせながら、和子さんは長い年月を過ごしてきました。
ところが、期待していた定年後も状況は変わりませんでした。
健一さんが退職すると、一日中家にいるようになりました。しかし家事を分担するわけではありません。朝食を食べれば食器はそのまま。新聞を読み終わっても片づけない。昼食や夕食も当然のように用意されると思っていました。
「退職したら二人で旅行でもしよう」
そんな夢もありました。しかし現実は違いました。
健一さんはテレビを見て過ごし、食事の時間になれば席につく。家事や生活の管理は、これまでと同じように和子さんの役割でした。
ある日、友人との食事会から帰宅した和子さんは、台所に立つ気力がなく、冷蔵庫に作り置きのおかずを用意していました。
ところが健一さんは、不満そうな顔で言いました。
「温かいものはないのか」
その瞬間、和子さんの胸に重い疲労感が広がったといいます。
「この人は、私が何をしても当たり前だと思っているんだ」
そう感じたのです。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、65歳以上の一人暮らしの人は増加しており、令和7年時点で65歳以上人口に占める一人暮らしの割合は男性18.3%、女性25.4%と推計されています。背景には配偶者との死別だけでなく、熟年離婚や別居など家族のあり方の変化もあります。
和子さんの場合も、50年近く積み重なった小さな我慢が、少しずつ限界に近づいていました。
