「ちょっとお願い」が積み重なり…娘の表情が徐々に変化
正弘さん(仮名・72歳)と妻の幸子さん(仮名・70歳)は、夫婦で年金月22万円ほどを受け取りながら暮らしていました。持ち家のため家賃はかかりませんが、食費、光熱費、医療費、固定資産税などを考えると、余裕があるとはいえません。
近くには、長女の恵理さん(仮名・43歳)が夫と子ども2人と暮らしていました。
当初は、月に一度ほど顔を見せてくれるだけで十分だと感じていました。孫を連れて来てくれると家の中が明るくなり、幸子さんは毎回、食事を用意して待っていました。
「親子なんだから、遠慮しなくていいのよ」
幸子さんはよくそう言っていました。
ところが、正弘さんが免許返納を考えるようになったころから、夫婦は日常生活のさまざまな場面で恵理さんを頼るようになりました。病院への送迎、重い米や水の買い出し、スマートフォンの設定、役所の書類確認。最初は「ついでだから」と引き受けてくれていた恵理さんも、次第に疲れた顔を見せるようになりました。
ある土曜日、幸子さんは朝から電話をしました。
「今日、買い物に連れて行ってくれない? お父さんの薬も取りに行きたいの」
電話の向こうで、恵理さんは少し黙りました。
「今日は子どもの予定があるって言ったよね」
「でも、薬だけでもお願いできない?」
その日の夕方、恵理さんは幸子さんを連れて薬を受け取りに行き、その帰りに家まで送り届けました。しかし玄関先で別れを告げるだけで、中には上がりませんでした。
「ごめん、今日は帰るね」
幸子さんはその背中を見て、初めて胸がざわついたといいます。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足となっています。正弘さん夫婦も、タクシー代や配達サービスを使うことにためらいがあり、そのぶん娘に頼ることが増えていました。
「家族なんだから、少しくらい頼ってもいい」
そう思っていたことが、恵理さんには重荷になっていたのです。
