母の予定を中心に回っていた、55歳娘の毎日
ある平日の夜、美香さん(仮名・55歳)が帰宅すると、母の和子さん(仮名・78歳)が玄関まで出てきました。
「明日の午前中、病院まで乗せていってくれる?」
「明日は仕事だよ。先週も言ったでしょう」
「でも、一人で行くのは大変だから」
美香さんは返事をせず、バッグを置きました。
母娘は、美香さんが生まれてからほぼずっと一緒に暮らしています。父は12年前に亡くなり、それ以降は二人暮らしです。
美香さんは会社員として働き、現在の月収は約42万円。結婚歴はなく、これまで転職や異動の機会があっても、母を一人にすることが気になり、自宅から通える範囲の仕事を選んできました。
家計は完全に一緒ではありませんが、食料品の買い出しや光熱費の管理、重い荷物の購入などは美香さんが担当。和子さんの通院や役所の手続きにも、できる限り付き添っていました。
「母のためにやっているという意識すら、途中からなくなっていました。私がやるのが普通になっていたんです」
和子さんは日常生活の多くを自分でこなせます。ただ、年齢を重ねるにつれ、娘を頼る場面は増えていました。
休日の朝に、
「今日はどこか行くの?」
と聞かれ、美香さんが「友達と会う」と答えると、
「じゃあ帰りにスーパー寄ってきて」
と頼まれる。仕事帰りに食事へ行こうとすると、「夕飯はどうするの?」と連絡が来ることもありました。
そんな生活を続けるなか、美香さんが自分と母との関係を改めて考えるきっかけがありました。会社から、異動の打診を受けたのです。
勤務地は電車で1時間ほど離れた場所。昇進につながる可能性もあり、美香さん自身は前向きでした。
ところが母に話すと、
「そんな遠いところに行ったら、私に何かあったときどうするの?」
と言われました。
その言葉を聞いた美香さんは、この先も仕事や自分の予定を決めるたびに、母の都合を最優先することになるのではないかと考えるようになりました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、2023年時点で65歳以上の人がいる世帯は全世帯の49.5%を占めています。その家族構成を見ると、「夫婦のみの世帯」が32.0%、「単独世帯」が31.7%である一方、「親と未婚の子のみの世帯」も20.1%を占めています。高齢の親と成人した子が同居する家庭も一定数あり、親子ともに年齢を重ねるなかで、これまでの暮らし方を見直す必要が生じることもあります。
