「少しくらい楽しんでも」…余裕ある老後に生まれた油断
敏夫さん(仮名・71歳)は、長年勤めた企業を65歳で退職しました。
現在の年金収入は、妻の紀子さん(仮名・69歳)の分も合わせて月30万円ほど。自宅は持ち家で住宅ローンも完済済み。退職金と現役時代からの貯蓄を合わせると、金融資産は約4,800万円ありました。
「うちは老後資金で困ることはないだろう」
敏夫さんは、そう考えていました。
実際、夫婦の生活は堅実でした。外食は月に数回、旅行は年に一度。紀子さんは家計簿をつけ、固定資産税や医療費、家の修繕費も見込んだうえで資金を管理していました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足となっています。敏夫さん夫婦の場合、年金月30万円に加え、まとまった貯蓄もあったため、平均的な高齢夫婦世帯と比べれば余裕のある状況でした。
変化のきっかけは、退職後に再会した昔の同僚でした。
「たまには外に出ないと老け込むぞ」
そう誘われ、敏夫さんは月に数回、友人たちと飲みに行くようになりました。最初は居酒屋で昔話をする程度でした。ところが、ある日、二次会で連れて行かれた店がきっかけで、支出は少しずつ増えていきます。
「最初は本当に付き合いのつもりでした。若いころのように遊びたいというより、仲間から外れたくなかったんです」
1回あたり2万円、3万円。帰宅は深夜近くになることもありました。紀子さんは、最初のうちは強く言いませんでした。
「退職してから家にいる時間が長くなったし、息抜きも必要でしょう」
そう思っていたからです。
しかし半年ほど経つと、敏夫さんの外出は月に6回、7回と増えていきました。クレジットカードの明細には、聞いたことのない店名が並び、月の娯楽費が20万円を超える月もありました。
「これ、何のお店?」
紀子さんが尋ねると、敏夫さんは目をそらしました。
「友人と飲んでいただけだよ。別に借金しているわけじゃない」
その言葉が、紀子さんには引っかかりました。
問題は、家計が破綻するほどの金額ではありませんでした。問題は、夫が自分に説明せず、老後のために守ってきたお金を当然のように使っていたことでした。
