「相続放棄してほしい」――その一言から始まった
都内で働く会社員の由紀さん(仮名・45歳)は、父の死をきっかけに「ある決断」を迫られました。
「葬儀が終わったあと、母に呼ばれて言われたんです。〈あなたは相続を放棄してほしい〉って」
由紀さんは夫と中学生の娘の3人暮らし。一方、実家では母と妹(シングルマザー)、そしてその子どもが同居しています。実家の土地と建物は父名義で、いわゆる“実家資産”の大半を占めていました。
「家を分けるには売却しかない。でもそれだと妹たちが住めなくなるから、と…。うちは共働きで生活できているんだから、という理屈でした」
突然の申し出に戸惑いながらも、由紀さんは最終的に相続放棄を選びました。
「納得したというより、“そうするしかなかった”という感じです。母も必死でしたし、妹の生活も不安定でしたから」
しかし、その決断は思わぬかたちで、後を引くことになります。父の死から半年ほど経った頃、母から一本の電話が入りました。
「〈お姉ちゃん、ちょっとだけ助けてくれない?〉と、軽い調子で言われて…。最初は驚きました」
理由は、妹の収入減でした。子どもの体調不良が続き、パートを休まざるを得なかったというのです。
「最初は“今回だけ”と言われて、3万円を振り込みました。でも、それが一度では終わらなかったんです」
その後も、月に一度ほどの頻度で「足りない」「急な出費があった」といった連絡が来るようになります。
「気づけば合計で30万円近くになっていました。正直、うちも余裕があるわけじゃないんです」
住宅ローン、教育費、将来の老後資金――由紀さん自身も、決して盤石とはいえない家計の中で生活しています。
総務省統計局『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯の平均可処分所得は約11.8万円にとどまり、生活は決して楽ではありません。さらに厚生労働省『令和3年度 全国ひとり親世帯等調査』によると、母子世帯の平均年間就労収入は236万円で、不安定な家計の実態が浮かび上がっています。
「数字だけ見れば厳しいのは分かります。でも、それを理由に、相続を放棄した私に頼るのは違うんじゃないかと…」
