まだ60代、しっかり者だったはずの母
Aさんは43歳。中小企業の経理課長です。5年ほど前、郊外に戸建て住宅を建て、パート勤めの38歳の妻と、小学生になったばかりの息子と3人で住んでいます。
今年のGWは家族で温泉でも行きたかったのですが、物価高やホルムズ海峡封鎖がボーナスに影響する可能性を考えて、車で2時間ほど離れたAさんの実家に家族3人で遊びにいくことにしました。
Aさんの実家の母親は68歳。元中学校の国語の教師で、優しくも厳しい母親でした。父親は5年前に亡くなったため、一人で生活をしています。高齢期の一人暮らしは心配ではあるものの、自身の厚生年金もあることから母の年金受給額は月18万円。金銭的には困りません。なによりまだ60代ですし、元来しっかり者の母なので、好きなようにさせておいたのです。
「今度のゴールデンウィークは3人で遊びに行くからね。有給を取ったから前半の休みで行くよ。息子は『おばあちゃんに買ってもらったランドセルを背負ったところをみせるんだ』ってわざわざランドセルを持っていくつもりだよ」と笑って電話で話すと、母親はいつものように明るく喜んでくれました。
GWに入り、車にお土産やランドセルを積み込んでAさん家族は実家に向かいました。Aさんは母親がいつものように自分や孫の大好物を作って待っていてくれる、と思っていたのですが……。
母の異変
Aさんたちが到着すると、母親は「あれ? 今日だったっけ? 明日じゃなかったか?」と3人をみてびっくりした様子。Aさんは(母さんらしくないなぁ)と思ったそうですが、Aさんを驚かせたのは翌日のこと。
妻と息子が外に遊びにいっていて、Aさんがテレビをみていると母親が隣の部屋で突然悲鳴をあげました。驚いたAさんがみにいくと「箪笥の引き出しに入れてあったお金がないの」とオロオロしています。
「え、どんなお金? いくらなの?」
「青い封筒に100万円あったじゃない。あんたも知ってるでしょ。あのお金よ。昨日まではあったのよ!」
こんなに狼狽えた母親を初めてみたAさんは戸惑いましたが、特徴のある青い封筒と聞き、思い出します。
「あぁ、あのお金かぁ! あれなら危ないからって半年前に銀行に預けたじゃないか。ほら、通帳にもちゃんと記帳されているよ」と通帳をみせますが、母親は確かに昨日まではあった、と譲りません。終いには「あんたが盗ったのか!」と言い出す始末。これにはさすがにAさんも悲しくなってなにも言えなくなってしまいました。
Aさんはそのとき、母の老いが一気に現実味を帯び、胸の奥が冷たくなるのを感じたのです。
ですが、1時間もすると母親はケロッとして何事もなかったかのように、いつものように妻や息子と接しています。Aさんはその姿を複雑な気持ちでみていました。
その日の夜、声を潜めて妻に母の異変を話すと、妻は「やっぱりね。普段は話していてもおかしいとは思わなかったんだけど、冷蔵庫の冷凍室にマヨネーズとケチャップが3本ずつ入ってるのよ。私、なにかのおまじないかと思っちゃったわよ」といいます。
ただごとではないと思ったAさんは、連休中も受診できる病院を調べ、Aさんは嫌がる母親を車に乗せて連れていきました。診断は、認知症の症状がではじめているとのこと。「まだ68歳なのに。あんなにしっかりした母さんが……」Aさんは本当にショックを受けました。Aさん夫婦は、車で2時間離れた場所に母親を一人暮らしさせておくのは心配なため、いま、呼び寄せて同居させる方向で検討しています。


