(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2025年6月30日号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

I 企業等の公共的役割の増大と契約自由の在り方

執筆者:木目田 裕

 

1.本稿の目的

拙稿「製品・サービスの悪用に対する企業の刑事責任と社会的責任の高まり」(弊事務所・本ニューズレター2025年1月31日号)では、企業にとって、自社の製品やサービスの悪用を防止することはその社会的責任であり、悪用防止を怠ると具体的な事実関係によっては企業の役職員が犯罪の共犯(主に幇助犯)に問われることについて、ウィニー事件やSNS型投資詐欺を例にあげて論じました。

 

今日では、犯罪の防止を含め、社会的利益や公共の利益を実現するために、国家機関などの公的機関に代わって、あるいは、これを補充して、企業等の民間が果たすべき役割(以下「公共的役割」といいます。)が増大しています。企業の自社製品やサービスの悪用防止も、こうした企業等の公共的役割の側面の一つであると考えることもできます。

 

企業等が公共的役割を果たすための手段の中には、取引先との取引の拒絶・打ち切りや、取引関係を通じた取引先への働きかけ等があります。取引先から見ると、違法行為等への関与の疑いをかけられたり、あるいは過去の前歴を理由に、事実確認や反論の機会その他の手続保障もないまま、銀行取引や重要な顧客・サプライヤーとの取引を一方的に打ち切られれば、事業活動が著しく困難になったり、倒産に至ることもあり得ます。

 

しかし、企業等には「契約の自由」や「取引の自由」があるということで、企業等が公共的役割を果たすために取引を拒絶したり打ち切る等することの適否・限界は、独禁法の正当化理由※1や継続的契約の終了※2の議論を除けば、それほど多くは論じられていないように思います。

 

※1 白石忠志著『独占禁止法』(有斐閣、第4版、2023年)94頁以下参照。

 

※2 当事者の一方による継続的契約の途中解除や更新拒絶に関しては、やむを得ない事由や正当な理由を要求したり、事前の予告期間を要求するなど、他方当事者の契約継続への期待等を保護する裁判例や学説が展開されてきました。

 

今日、企業等の公共的役割が増大している以上、これとバランスをとるためにも、企業等が公共的役割を果たすために行う取引の拒絶・打ち切り等に関し、その濫用から取引先を保護・救済する方策についても検討が必要になっていると考えます。

 

2.企業等の公共的役割の増大とその手段

まず、企業等の公共的役割の増大の例ですが、例えば、マネロンやテロ資金対策、振り込め詐欺等の詐欺対策をはじめとして、金融機関等は、金融システム等が犯罪者に悪用されないように自らのコストをかけて「ゲート・キーパー」の役割を果たすべきであるとされるようになりました。

 

具体的には、金融機関等は、顧客について取引時確認を行ったり、疑わしい取引の当局への届け出を行う等するとともに、マネロンやテロ資金授受、詐欺行為等の疑いのある顧客に対しては、取引口座の開設・維持、資金決済や送金その他の金融サービスの提供をしないことにしています※3

 

※3 振り込め詐欺については、いわゆる振り込め詐欺救済法(犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律)3条1項に基づく取引停止措置参照。

 

また、金融機関等のみならず企業等一般について、暴力団等の反社会的勢力との取引関係を持たず、反社会的勢力を助長等しないことが求められるようになっています。

 

さらに、最近のトピックですが、ビジネスと人権という観点からは、企業等は、自らが人権侵害を行ったり、人権侵害を助長しないことは当然のこととして、そのバリューチェーンやサプライチェーンに関し、取引先等に人権侵害のおそれがあるかどうか等を調査し、人権侵害リスクの深刻さに応じて、取引先等に働きかけるなどして、人権侵害リスクの低減・除去や被害者救済等の是正措置を行うことが、人権尊重責任として求められるようになっています。

 

地球温暖化、サステナビリティ、ダイバーシティ、化学品使用、紛争鉱物利用等の観点でも、企業等は同様の責務を果たすことが求められるに至っています。

 

民間の企業等が、こうした公共的役割を果たす際の手段には、次のように多様な手段があります。

 

・業界団体等を通じた申合せ、ガイドライン等

・個社としてのポリシーやステイトメントの公表

・取引の拒絶・打ち切り(自社の製品・サービスを利用させない)

・取引関係を通じた取引先への働きかけ(対話、エンゲージメント※4)

・規制当局、捜査当局等への通報その他の情報提供

・潜在的被害者や社会一般に対する注意喚起や啓発活動

 

※4 グローバル・スタンダードとして、取引先の人権侵害リスク等に対処するには、事業者が直ちに取引を打ち切ることは適切ではない、それは自社リスクの最小化をはかる行動にすぎない(人権リスクと経営リスクの混同である)、企業が人権尊重責任を果たすために行うべきことは、取引先への関与を続け、そうした関与を通じて取引先の人権侵害リスクの低減・除去や被害者救済等の是正を行うことである等とされています。

 

3.取引拒絶・打ち切り等の濫用の危険

上記2で述べた手段の中で、取引の拒絶・打ち切りや、取引関係を通じた取引先への働きかけについては、企業等の公共的役割の観点から積極的でプロアクティブな対応が求められている反面で、濫用の危険もあります。

 

特に、取引の拒絶・打ち切りは、場合によっては、取引先の事業活動を非常に困難にしたり、取引先を倒産させることにもなります。

 

例えば、銀行に取引口座を開設できなければ、事実上、事業者は事業活動を行うことができません。仮に、事業者が銀行から反社会的勢力やその密接交際者である等と疑われて、ある日突然、銀行から取引口座を解約されて取引を拒絶されれば、その事業者は早晩倒産するでしょう※5。マネロン・テロ資金やその他の犯罪行為との関係が疑われて銀行から取引拒絶される場合についても以上で述べた問題は当てはまります。

 

※5 もちろん、実際には、金融機関等は、突然、顧客の銀行口座を一方的に閉鎖するようなことはしておらず、顧客に対する事実関係の確認を行ったり、当局からの提供情報等を踏まえて慎重に対応しています。

 

また、一般の企業間の取引についても、反社会的勢力や犯罪行為との関係を疑われたり、人権侵害があった等として、主要な顧客やサプライヤー等から取引を打ち切られると、事業者は存亡の危機に直面することになります。

 

これまでのところ、日本では、企業等が公共的役割を遂行する手段として行う、取引の拒絶・打ち切り等について、独禁法の正当化理由や継続的契約の終了の議論を除けば、濫用の危険に関する議論はあまり活発でないように思います※6

 

※6 なお、元暴力団員の社会復帰の支障とならないように、元暴力団員の銀行口座開設を弾力的に認めるといった取組みなどは行われています。

 

むしろ、「契約自由の原則」、「取引自由の原則」、ということで、企業等が公共的役割を果たすために取引先との取引を拒絶したり打ち切ることや、取引先に圧力をかけることは、あまり問題にされていないようにも思うところです。

 

これに対して、海外では、ある意味で「揺り戻し」が一部に起きているように思います。

 

例えば、英国では、ナットウエスト銀行の子銀行がブレグジットを主唱した政党の指導者の取引口座を閉鎖したことについて、顧客の政治信条を理由とする濫用的な取引拒絶であった等として大きな問題となり、同銀行のCEOが責任をとって辞任するに至った事案が2023年にありました。

 

また、第二次トランプ政権下の米国における、反DEI(Diversity、Equity、Inclusion)や、キャンセル・カルチャー批判も、その背景の一つには、企業等が公共的役割を果たすために取引を拒絶するなどの不利益を取引先や役職員に与えたり、企業等がそのためのコストを負担してきたことに対する、「揺り戻し」であると見ることもできます。

 

もちろん、昔から、例えば、共和党が議会の多数を占めれば年金基金等のESG投資を禁止ないし制限する立法がなされるといったような動きはありましたが、最近になって、「揺り戻し」が特に顕著になっているように感じます。

 

4.具体的な検討

(1) 日本の現状に話を戻しますが、そもそも論としては、企業等のうち営利企業について、公共的役割を果たすことは企業等それ自体の目的や存在意義に積極的に含められるべきことなのか、むしろ、消費者等の顧客や社会の批判・反発を受けて自社の商品・サービスの不買運動を惹起することを防止したり、DEIや人権尊重責任を通じて人的資本を充実させ有為な人材を確保する等といった営利目的を達成するための手段の一つにすぎないのか、といった根本的な検討課題があります。

 

営利企業において公共的役割についての位置付けをどのように捉えるかによって、企業等ないし取締役等の行為規範や法的責任の在り方等は異なってくるはずです※7

 

※7 この点は、米国の経験が参考になると思います。最近数年間を振り返るだけでも、例えば、ナイキがNFLの試合で米国国歌斉唱中に人種差別に抗議して跪いたコリン・キャパニックを広告に起用したことに対する賛否両論(2018年頃)、ジョージ・フロイド事件を契機にしたブラック・ライブズ・マター運動の高まりと企業の対応(2020年頃)、バドライトがトランスジェンダーのインフルエンサーを広告に起用したことに対する不買運動(2023年)、ターゲットのDEI後退に対する不買運動(2025年)など、米国で事業を行う企業経営者の立場の難しさは日本の比ではないように思います。

 

(2) 本稿の主題である取引先の保護・救済という点に関し、以下では、企業等による取引の拒絶・打ち切りの場合について検討します※8

 

※8 企業等による取引先に対する働きかけの場面における、過剰要求等の濫用の問題も、取引先がこれに応じないことによる取引の拒絶・打ち切り等の問題や、濫用行為の事前差止請求の問題に帰着するので、本文において取引拒絶・打ち切りについて述べたことが概ね当てはまります。

また、取引先への働きかけの濫用は、独禁法違反(優越的地位の濫用、拘束条件付き取引等)、下請法違反、フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)違反等の問題にもなります。

 

現行法の下では、取引先の事業活動に多大で回復困難な影響を与えることがあるにもかかわらず、企業等が公共的役割を果たすために行う取引の拒絶・打ち切りについて、取引先を保護・救済する実効的な手段があるようには思われません。

 

例えば、取引先が、怪文書を流布されて違法行為等に関与したとの疑いを誤ってかけられて、大口顧客から取引を切られた場合(以下「大口顧客事案」といいます。)や、過去に反社会的勢力と取引があったとの前歴があり、反社会的勢力との関係遮断を進めてきたものの、銀行取引が正常化せず相変わらず銀行から融資を受けることができない場合(以下「銀行融資事案」といいます。)を想定します。

 

いずれの事案でも、取引先が、怪文書記載内容の虚偽性や、大口顧客の取引打ち切り判断における合理的根拠の欠如、反社会的勢力との関係遮断などを立証できる場合であると仮定します。そもそも、これらを立証できるかどうか自体も現実には問題となります。

 

現行法の下における法的手段ですが、事後的救済としては、大口顧客事案では、大口顧客から損害賠償を受けることができるかどうか、ということになります。企業等には契約の自由・取引の自由があります。突然の取引打ち切りで先行投資が無駄になった、取引契約において大口顧客に一定数量の買取り義務が規定されていた等といった事情があれば、取引先は大口顧客から損害賠償を受けることができますが、数年経って裁判で勝って損害賠償をして貰っても、その時点では、取引先は大口顧客を失って事業が著しく傾いていたり、場合によっては倒産しているかもしれません。

 

銀行融資事案ですが、コミットメントライン契約や法令上の義務があれば別論ですが、通常、銀行にも契約の自由・取引の自由があり、取引先に融資する義務はありません。特別な事情があって、取引先が銀行から融資を受けることができると信頼したこと、こうした信頼に合理的根拠があること、取引先がこうした信頼に基づいて弁護士費用等の費用を支弁していたこと等といった事情があれば、銀行から、弁護士費用等の損害賠償くらいは受けられるかもしれませんが、裁判所の判決で、銀行に対して、取引先に融資するように命じてもらうことは困難です。

 

仮処分を申し立てるにせよ、大口顧客事案で、大口顧客に買取り義務が取引契約上で課されており、大口顧客の買取りがなければ直ちに事業休止や倒産するなど、事後的救済では間に合わない緊急性等といった事情があれば、その範囲では満足的仮処分として大口顧客に製品を買わせることができるかもしれないという限度に止まります。

 

不公正取引(取引拒絶、拘束条件付き取引、優越的地位濫用等)として独禁法違反に該当するとして、公正取引委員会に排除措置命令を求めるという方法もあり得ますが、解決まで時間を要する上に、独禁法の法執行は個別の事業者の救済を直接の目的としているものではなく、大口顧客事案にせよ銀行融資事案にせよ、公正競争阻害性の観点から独禁法違反が認定されるとは限りません。

 

このように事後的に救済を求める法的手段は、現行法の下において、その実効性の点で大きな限界があります。

 

さりとて、事前に取引打ち切り等を防止しようにも、法的手段である限りは、基本的な構造として、実体上の理由(大口顧客であればその買取り義務、銀行であれば融資義務の存在。つまり、契約の自由・取引の自由が当てはまらない事情)と、予防的な措置を必要とする理由(事後的な救済や金銭的救済では不十分な理由)を必要とします。

 

それ故、独禁法違反を理由とする差止請求や仮処分を含め、実体上の理由及び予防的な措置を必要とする理由に関し、事後的救済としての法的手段について述べた限界が基本的には同様に当てはまります。

 

そうすると、現行法の下においては、企業等の公共的役割を果たす手段としての取引の拒絶・打ち切りが、事実誤認によるものだったり、対応手段としての必要性・相当性を欠いているといった場合に、取引先を保護・救済する法的手段は実効性があるとは言えません。

 

(3) それでは、どのような保護・救済の手段を構築するべきなのでしょうか。これは、なかなかの難問です。

 

以下では、思考実験として、取引の拒絶・打ち切りに際して取引先に手続保障を付与すること、こうした手続保障が不十分であれば企業等の契約の自由・取引の自由を制限することを検討してみます。

 

具体的には、企業等は、公共的役割を果たす上で、新規取引先との取引を拒絶するべきではないか、既存取引先との取引を打ち切るべきではないか、という事情(以下「違法不当疑い」といいます。)がある場合には、原則として、まず、その取引先に対して、違法不当疑いの存在を告知し(問題点①)、是正の機会を与えます。企業等は是正に向けて取引先とエンゲージメントを行っていきますが、取引先に是正が見られない場合には、企業等は取引の拒絶・打ち切りを行います。

 

(問題点①) 

企業等からすれば、手続保障の負担を避けるために、経済条件や事業環境、社内の取引基準等を取引の拒絶・打ち切りの理由として持ち出す方がよいと考えるでしょうから、違法不当疑いの存在の告知は現実には機能しないと予想されます。

企業等に、こうした手続保障の実施を義務づけるには、立法上の対応が必要になります。なお、現行法では、独禁法(優越的地位の濫用等)や下請法等が、違法性判断の際に、解釈論として取引相手方との事前の十分な協議を要求しています。

 

また、取引先自体が犯罪組織や反社会的勢力である疑いがある場合は、企業等は、是正の機会ではなく、弁明の機会を与えます(問題点②)。取引先からの弁明内容について、証拠等に照らして検討した上で、違法不当疑いが解消されなければ、企業等は取引の拒絶・打ち切りを行います。

 

(問題点②)

反社会的勢力などとの取引を拒絶等する際には、「総合判断」などと説明するに止めるのが現在の実務であると思われます。無用のトラブルの回避など、現在の実務には合理的な理由があります。

 

取引拒絶・打ち切りに不服のある取引先は、取引実行・継続を求めて裁判所に提訴します。裁判所は、企業等が取引先に付与した手続保障が不十分(取引の拒絶・打ち切り判断の合理性を左右するような不十分)であった場合や、企業等の取引拒絶・打ち切り判断が著しく不合理であった場合には、企業等の契約の自由・取引の自由を制限し、取引の実行・継続を企業等に命じます(問題点③)。

 

(問題点③)

この点は、取引先に保護すべき取引実行・継続の期待があるかどうかを超えて、企業等に原則的・一般的に取引の実行・継続を義務づけるに等しく、契約の自由・取引の自由の概念を大きく変更する必要があるように思います。

 

(4) 問題点①②③のほかにも、以上の思考実験には検討課題がありますが、ともあれ、取引先との事前の協議や是正・弁明の機会、手続保障といっても、「言うは易く行うは難し」であって、現実的には、かなりの難問です。

 

筆者の力量不足のため、本稿では問題点の指摘しかできておりませんが、本稿で結論として言えそうな点があるとすれば、次のとおりです。

 

① 企業等は公共的役割を果たすために取引の拒絶・打ち切りを行おうとする場合には、取引先が受ける不利益を念頭に置いて、取引先とエンゲージメントしつつ、取引先の手続保障を確保することが、少なくともベスト・プラクティスとして求められる。

 

② 現行法の下において取引先を法的に救済する手段には限界が大きいが、実務家は、継続的契約などの既存の法理を踏まえつつ、適正なバランスのとれた解決を可能とする枠組みを考えていく。

 

以上

Ⅱ マレーシアの贈収賄規制の枠組みと法人責任について

執筆者:井浪 敏史、ワンメイ・リョン、サマー・チョン

 

1.はじめに

マレーシアは、経済成長性や政治等の観点から、東南アジアの中でも安定性の高い国として、多くの日本企業が進出している国の一つに当たります。

 

各国の腐敗度合いを示す代表的指標でありTransparency Internationalが毎年公表しているCorruption Perceptions Index(腐敗認識指数)の2024年版において、マレーシアは57位に位置付けられており、贈賄リスクがないとはいえないと考えられます。

 

マレーシアの贈収賄規制法令は、贈収賄につき、個人としての犯罪行為のみならず営利組織及びその経営層(取締役等)の責任を定めると共に、法人によるコンプライアンスシステムの構築を法人責任に対する防御方法として定めており、以下ではその概要をご紹介します。

 

2.マレーシアにおける贈収賄規制の枠組み

マレーシアでは、Malaysian Anti-Corruption Commission Act 2009(以下「MACC Act」といいます。)が、私人及び公務員の両者に対する贈収賄についての犯罪行為を規制する主たる法令に当たります。同法は、様々な形での利益(gratification)の授受につき、贈賄やそれ以外の犯罪行為として定義し、規制しています。

 

MACC Actの対象となる贈収賄の犯罪行為には概ね以下のようなものが含まれます。

 

あ

 

MACC Actに基づき、腐敗及び権限の濫用を防止し、調査する機関としてMalaysian Anti-Corruption Commission(MACC)が組織され、同機関が主に贈収賄の調査を行っています。

 

2025年4月29日にマレーシアのプトラジャヤで行われた東南アジア反贈収賄会議においてMACC及びインドネシアのCorruption Eradication Commissionが提示した、各機関の独立性・透明性等の重要性を確認した「プトラジャヤ宣言」を、MACCに加え、シンガポールやインドネシアを含む8カ国の反贈収賄機関が採択しました。

 

MACC Actに加え、マレーシアにおける贈収賄犯罪を取り締まる法律として、Penal Code(刑法)も公的機関に関連する利益の授受を規制しています。また、Anti-Money Laundering,Anti-Terrorism Financing and Proceeds of Unlawful Activities Act 2001も、MACC Actを参照し、同法の適用犯罪となる犯罪に贈収賄を含めています。特に贈収賄事件においては、包括的な執行・起訴を確保するため、これらの法律が併せて適用されることが一般的です。

 

 

利益(gratification)の内容、最低の金額基準は設けられていないこと

 

MACC Actにおいて「利益(gratification)」との用語は広く定義されており、金銭、贈答品、雇用の機会、割引、手数料など、あらゆる形の利益を含みます。MACC Actでは、最低いくらの金額であれば贈収賄とみなされるかという金額基準は設けられていません。利益の金額や形式にかかわらず、汚職の意図をもって授受された場合は、MACC Actが禁止する贈収賄に当たり得ます。

 

許容され得る贈答品の水準に関して、Public Service Department of Malaysiaが発行している通達である「Tatakelakuan dan Pengurusan Tatatertib Pegawai Awam Versi 1.0 (2022)(Code of Conduct and Disciplinary Management of Public Officers。以下「PO GES Policy」といいます。)」に記載されている金額基準が参考となります。同通達は、Public Services Commission of Malaysiaが常勤・非常勤または契約ベースで起用した連邦公務員のみを適用対象とするものです。

 

PO GES Policyでは、公務員が、公務に関連して贈答品を授受することは原則として禁止されています。ただし、公務と無関係な贈答品については、一定の条件下での授受が認められる場合があり、その条件の一つとして、贈答品の価値が当該公務員の報酬の1/4またはMYR500のうち低い方を超えないこととの基準が設けられています。

 

PO GES Policyは上記の公務員のみが適用対象であるものの、MYR(マレーシアリンギット)500との金額は、提供するgratificationの価値が「過度」であるか否かを判断する際の水準として、民間企業との関係を含め、一般的な目安として参考とし得るものと考えられます。

 

公開情報によれば、上場企業であるかや多国籍企業であるか等によって企業毎に対応は様々ですが、贈答品の提供を一切禁止する方針を採用している企業もあれば、贈答品や接待についての金額基準を設けている企業もあります。

 

3.MACC Act 17A条に基づく法人責任

従前、MACC Actは個人にのみ適用されていましたが、2020年6月1日にMACC Actが改正され、会社等の営利組織にも責任が拡大されました。MACC Act 17A条1項は法人責任の枠組みを定めており、営利組織に関連する者が、営利組織の事業・利益の獲得・維持のため、相手方または第三者の有利になるように利益を供与し、供与に同意し、約束し、または提供する場合、同条項に基づき、当該営利組織も犯罪行為を行ったことになります。

 

営利組織による犯罪行為が認定された場合、営利組織には、関係するgratification(金銭的評価が可能な場合)の価値の10倍以上の金額とMYR1,000,000(マレーシアリンギット)のいずれか高い方の罰金、若しくは20年以下の懲役、またはその両者が科されることになります。特に、営利組織が有罪とされた場合、当該行為時点の取締役、管理者、役員、パートナー、またはその他事業の管理に関与していた者も、同じ犯罪行為を行ったとみなされます。

 

この点につき、MACC Act 17A条3項は、営利組織の取締役等による防御方法を定めており、取締役等が、当該犯罪行為が自身の同意や共謀なしに行われたこと、及び、職務上の役割や状況に応じて、当該犯罪行為を防止するために十分な注意義務を果たしたことを立証した場合には免責される余地があります。

 

 

法人責任に対する防御方法

 

営利組織は、MACC Act 17A条に基づき、営利組織に関連する者が不正行為に関与するのを防止するための適切な手続を講じていたことを立証できれば、法人責任の免責が認められます。

 

この点に関連して、首相室(Prime Ministerʼs Office)は2018年12月、営利組織が自らの事業活動における贈収賄防止のために必要とされる適切な手続を理解するための支援として、「適切な手続についてのガイドライン(Guidelines on Adequate Procedures)」(以下「ガイドライン」といいます。)を発行しています。ガイドラインは、営利組織による反贈収賄プログラムの参考となる5つの「TRUST」原則に基づいて構成されています。

 

「TRUST」原則とは、(1)Top Level Commitment(トップの経営陣による約束)、(2)Risk Assessment(リスク分析)、(3)Undertake Control Measures(管理方法の実施)、(4)Systematic Review, Monitoring and Enforcement(システム的なレビュー、モニター、執行)、(5)Training and Communication(トレーニング及びコミュニケーション)を指すものとされています。

 

営利組織が、贈収賄防止についての社内規程やプログラムを通じて適切な手続を構築・実施するに当たり、ガイドラインの内容を考慮の上で、贈収賄防止についての明確な方針と目的を設定することが推奨されています。マレーシアの上場企業等の中には、適切な手続を実施していることを示すため、より高度な基準の贈収賄防止のための管理システムとしてISO 37001 Anti-Bribery Management Systemsを採用している企業も見られます。

 

4.法人責任が問われた近時の事例

(商業贈収の事例)

2021年、オフショア船舶サポート会社であるPristine Offshore Sdn. Bhd.の社員が、Petronas Carigali Sdn. Bhd.(マレーシア政府が保有する石油・ガス企業であるPetroliam Nasional Berhad(PETRONAS)の完全子会社)の関与するプロジェクトについて、民間企業であるDeleum Primera Sdn.Bhd.から下請け契約を獲得するため、同社の最高執行責任者に対してMYR321,350の賄賂を支払ったとして、MACC Act 17A条に基づき、マレーシアで初めて起訴されたと報じられました。

 

また、同社の元取締役についても、MACC Act 16条(b)(A)に基づき贈賄罪について起訴されています※9

 

※9 https://theedgemalaysia.com/article/offshore-company-first-be-charged-under-maccs-new-law

 

(公務員贈賄の事例)

2023年、KLタワー(マレーシアの首都所在の通信塔)運営会社の親会社であるHydroshoppe Sdn. Bhd.が、MACC Act 17A条に基づき起訴されました。同事案については、同社の取締役が、当時の通信・マルチメディア省の大臣(Communications and Multimedia Minister)に対し、KLタワーについての権利承継を早める見返りとして、15年間にわたり年間MYR500,000の供与を提案したとされています。同社の取締役もMACC Act 16条(b)(B)に基づき贈賄罪について起訴されています※10

 

※10 https://theedgemalaysia.com/node/662161

 

5.終わりに

以上の通り、マレーシアでは、相手方が公務員であるか私人(商業贈賄)であるかを問わず、贈収賄が禁止されています。また、法律上、営利組織に関連する者が贈収賄を行った場合、営利組織自体及びその取締役や役員、その他の経営陣に責任が生じることも定められており、実際に、企業の責任が追及された近年の事例もみられます。

 

法律上、コンプライアンスシステム(適切な手続)の構築が法人責任に対する防御方法として認められていることから、企業において、贈収賄の発生防止のためのみならず、実際に贈収賄が発生してしまった場合に、役員や従業員による贈収賄について企業が責任を問われることになるリスクを軽減するためにも、適切なコンプライアンスシステムの構築が重要と考えられます。

 

以上

 

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