(写真はイメージです/PIXTA)

医療機関、特に病院では、物価・賃金の上昇を通じて人件費や委託費などが増加している半面、収入の大半を占める診療報酬の引き上げが微増にとどまったことが影響し、経営危機問題が深刻化している。こうしたなか、2025年6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」では、同じように収入源を報酬に頼る介護、障害福祉も含めた形で、各種報酬の公定価格を引き上げる方向性が打ち出された。本稿では、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、2026年度予算編成や診療報酬改定に向けた論点について詳しく解説します。

引き上げの財源を巡る議論

利害調整は難航か?

実際、診療報酬引き上げには財源措置を伴う。究極的にいうと、求められる財源としては、国や自治体の公費(税金)か、従業員や事業主が払う保険料、患者負担の3つしか考えられず、仮に診療報酬を1%引き上げた場合、単純計算で5,000億円程度の負担増になる。一方、2024年10月の総選挙で現役世代の負担軽減が争点になったことを考えると、負担増のハードルは高くなっている。

 

実際、2025年5月に公表された財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の建議(意見書)では、診療報酬を引き上げる選択肢について、「更なる給付費用の増加は現役世代等の保険料負担の増加に直結することに留意する必要がある」と指摘した。さらに2025年4月に開かれた中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関)でも、日医が「最大の課題は医療機関の収支改善。純粋な形で診療報酬を引き上げなければならない」と主張したが、健保連は「(筆者注:医療法人の利益率では)病院と診療所で相変わらず格差がある」と反論し、報酬引き上げ論議を牽制した19

 

19 2025年4月23日における日医の長島公之理事、健保連理事の松本氏の発言。いずれも同日『m3.com』配信記事を参照。

 

社会保障費の「目安」対応が焦点に

このうち、骨太方針の検討過程では、国の税金(国費)の部分が焦点になった。最近の予算編成では、社会保障費に関する国の税金(国費)について、高齢化の影響分を「目安」と設定し、その範囲内に増額を抑える対応が取られてきた。これは一般的に「目安」対応と呼ばれており、毎年の増加幅を約5,000億円に抑える方針が継続されていた。

 

2025年度当初予算で言うと、閣議決定された時点の概数で、▽毎年見直されている薬価の引き下げで600億円、患者負担を抑える高額療養費の見直しで200億円――などが見込まれていた20

 

20 2025年度予算の社会保障費抑制に関しては、2025年2月6日拙稿「2025年度の社会保障予算を分析する」を参照。その後、少数与党の国会審議の下、患者負担を抑える高額療養費の見直しが頓挫したが、「目安」に基づく社会保障費の枠組みには大きく影響しないと説明されている。高額療養費見直しの過程や影響については、2025年4月10日拙稿「異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する」を参照。

 

しかし、こうした「目安」は診療報酬引き下げを含めた社会保障費の上限となっており、骨太方針の検討過程では撤廃を望む声が強まった。たとえば、先に触れた日医・病院関係6団体の合同声明では、政府に対する要望事項の一つとして、「賃金上昇と物価高騰等を踏まえ、財政フレームを見直して目安対応を廃止し、別次元の対応」が盛り込まれていた。さらに、日医などで構成する国民医療推進協議会の決議文でも「目安」対応の抜本的な見直しを促した。

 

これに対し、骨太方針では「2027年度までの間、骨太方針2024で示された歳出改革努力を継続しつつ、日本経済が新たなステージに移行しつつあることが明確になるなかで、経済・物価動向等を踏まえ、各年度の予算編成において適切に反映する。本方針及び骨太方針2024に基づき、中期的な経済財政の枠組みに沿った編成を行う」という文言が入った。このため、「目安」の維持が言及された形だ。

 

だが、6月13日の閣議決定版では、同6日時点の原案本文に見られなかった文言が追加された21

 

21 原案段階では予算編成に関わる脚注として、「社会保障関係費については、医療・介護等の現場の厳しい現状を踏まえ、これまでの歳出改革を通じた保険料負担の抑制努力も継続しつつ、令和7年春季労使交渉における力強い賃上げの実現や昨今の物価上昇による影響等を踏まえながら、経営の安定や現場で働く幅広い職種の方々の賃上げに確実につながるよう、的確な対応を行う。高齢化や高度化等による増加分に、こうした経済・物価動向等を踏まえた対応による増加分を加えた、いわゆる自然増から、これまでの歳出改革努力を継続する」という文言が入っていた。一方、閣議決定された最終版では、社会保障費の増加要因に関わる脚注として、「高齢化」だけでなく、医療技術の発展など「高度化」の影響も言及された。

 

〇とりわけ社会保障関係費については、医療・介護等の現場の厳しい現状や税収等を含めた財政の状況を踏まえ、これまでの改革を通じた保険料負担の抑制努力も継続しつつ、2025年春季労使交渉における力強い賃上げの実現や昨今の物価上昇による影響等について、経営の安定や現場で働く幅広い職種の方々の賃上げに確実につながるよう、的確な対応を行う。

 

〇具体的には、高齢化による増加分に相当する伸びにこうした経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分を加算する。

 

つまり、高齢化に対応する伸びに抑制する「目安」を維持しつつ、インフレによる影響は別途、「加算」で考慮する方向性が示された。この点について、日医会長の松本氏は「歳出改革のなかでの引き算ではなく、物価・賃金対応分を加算するという足し算の論理となったことが非常に重要なポイント」「診療報酬改定に期待できる書きぶり」と評価した22

 

22 2025年6月18日『m3.com』配信記事を参照。

 

だが、骨太方針では具体策まで踏み込んでいるわけではなく、詳細は8月上旬にも決まる概算要求基準、または年末の予算編成や報酬改定で決着すると見られる。

 

少子化対策との整合性は?

さらに、予算編成や報酬改定に向けた論点として、岸田文雄政権が掲げた「次元の異なる少子化対策」の財源確保が絡む23。この時の議論では、約3.6兆円の財源確保策として、消費増税などの手法に頼らず、最大2兆円程度を社会保障費の削減で賄う方針が決まり、政府は2023年12月に「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(以下は改革工程)を策定することで、歳出抑制策を列挙した。

 

今後、これに沿って政府は 2028年度までに歳出削減を積み上げる必要に迫られており、「インフレ対応の報酬引き上げ」「少子化対策の財源確保に向けた歳出削減」という二律背反の対応を強いられる。実際、骨太方針の策定に向けて、2025年5月に開催された経済財政諮問会議に提出された福岡厚生労働相の資料では、真逆の方向性が同時に書かれている。

 

23 少子化対策の内容と財源対策の論点については、2024年2月1日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)」を参照。

 

〇負担能力に応じて皆が支え合う、全世代型社会保障の構築に向けて、引き続き、「改革工程」に基づき取組を進めていく。その際、現役世代の負担軽減に配慮しつつ、歳出改革の努力を引き続き進めていく。

 

〇物価・賃金の伸びへの対応については、令和6年度報酬改定や令和6年度補正予算でも対応を行ってきたところであるが、医療・介護現場の人材確保をはじめ経営を取り巻く環境は大変厳しい状況となっており、次期報酬改定等において、経営の安定や現場で働く幅広い職種の方々の賃上げに確実につながる対応を行うことが必要。

 

つまり、「改革工程」を通じて社会保障費を削減しつつ、賃上げを図る方針が一つの資料に同居しており、予算編成や報酬改定では整合性が問われることになる。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2025年6月24日に公開したレポートを転載したものです。

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