医療機関などの動向と、骨太方針の記述
診療報酬引き上げなどを求める関係者の声
こうした状況の下、骨太方針の策定に向けて、診療報酬の引き上げなどを訴える医療機関サイドの声が大きくなった。たとえば、日本医師会(以下は日医)と病院関係6団体は2025年3月の合同声明で、「ある日突然、病院をはじめとした医療機関が地域からなくなってしまう」と危機感を露わにした上で、補助金による支援や診療報酬の引き上げを訴えた。
さらに、2025年4月に開催された医療・介護・福祉関係者の会合では、医療機関だけでなく、同じように収入源を報酬に頼る介護、障害福祉事業者からも報酬引き上げなどを望む声が続出。会場に登壇した自民党幹部も「医療・介護・福祉の現場がいま、大変な状況になっている。病院も診療所も介護事業所も赤字経営が多い。このままでは持たない」「医療・介護・福祉をしっかり守っていく(筆者注:必要がある)」と述べた11。
11 2025年4月18日に開催された「医療・介護・福祉の現場を守る緊急集会」での発言。この場の様子に関しては、同年5月5・12日『週刊社会保障』No.3316、同年5月1日『社会保険旬報』No.2962、同年4月25日『シルバー新報』、同年4月18日『JOINTニュース』配信記事を参照。
日医などで構成する「国民医療推進協議会」が開催した2025年6月の総会でも、日医の松本吉郎会長が「このままでは倒産する病院や診療所が出て、国民の不安を煽ることになる」と訴えるとともに、「状況を改善するにはまず補助金による機動的対応が必要。さらに診療報酬では徹底的に財源を確保しなければいけない」「国民の生命と健康を守るためにもしっかりと賃金上昇と物価高騰、さらには技術革新に対応するには必要な財源を確保することが大変重要だ」と発言。
総会で決まった決議文では、経済成長の「果実」である税収増を安定財源として活用する方策とか、インフレに応じた診療報酬や介護報酬の引き上げなどの主張が並んだ12。さらに、自民党の「国民医療を守る議員の会」が日医会長の松本氏とともに首相官邸を訪ね、診療報酬をインフレに応じた形で引き上げることなどを求めた13。
12 2025年6月16日『週刊社会保障』No.3321、同月4日『JOINTニュース』『m3.com』配信記事を参照。
13 2025年6月11日『社会保険旬報』No.2966を参照。
このほか、日本病院会などで構成する四病院団体協議会14も同月、福岡資麿厚生労働相に対する要望書で、「最重要要望事項」として、物価変動・人件費高騰に適切に対応できる診療報酬体系の創設を訴えた15。全国公私病院連盟が2025年6月に開催した記者会見でも、「次(筆者注:2026年度)の改定まで経営が持つか分からないような病院もたくさんある」「特に入院基本料がいまのままではインフレ対応ができない」といった声が出た16。国立大学病院サイドからも昨秋の時点で、「大学病院がなくなるかもしれない次元の問題」という危機意識が披歴されている17。
14 協議会に名を連ねる四病院団体とは日本病院会、日本精神科病院協会、日本医療法人協会、全日本病院協会の4団体。
15 2025年6月11日『社会保険旬報』No.2966を参照。
16 2025年6月11日の記者会見における全国公私病院連盟の邉見公雄会長の発言。同月12日『m3.com』配信記事を参照。
17 2024年10月4日の記者会見における千葉大学医学部附属病院の大鳥精司院長の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。
これらの主張を総合すると、
(1)短期的な対応策として、補助金の支援
(2)予算編成の「目安」対応の撤廃
(3)インフレや医療技術の発展などに対応した報酬体系の創設
(4)税収増加分の充当――に整理できる
このうち、(2)の「目安」については、論点などを後半で詳しく述べる。
骨太方針の記述
最終的に、2025年6月に閣議決定された骨太方針では、医療・介護・福祉職員の賃上げに関して、数ヵ所の文言が入った。主な該当箇所を列挙すると、下記の通りである。
〇医療・介護・保育・福祉等の人材確保に向けて、保険料負担の抑制努力を継続しつつ、公定価格の引上げを始めとする処遇改善を進める。
〇医療・介護・障害福祉の処遇改善について、過去の報酬改定等における取組の効果を把握・検証し、2025年末までに結論が得られるよう検討する。
〇医療・介護・障害福祉等の公定価格の分野の賃上げ、経営の安定、離職防止、人材確保がしっかり図られるよう、コストカット型からの転換を明確に図る必要がある。このため、これまでの歳出改革を通じた保険料負担の抑制努力も継続しつつ、次期報酬改定を始めとした必要な対応策において、2025年春季労使交渉における力強い賃上げの実現や昨今の物価上昇による影響等について、経営の安定や現場で働く幅広い職種の方々の賃上げに確実につながるよう、的確な対応を行う。
このため、2024年度診療報酬改定による処遇改善・経営状況等の実態を把握・検証し、2025年末までに結論が得られるよう検討する。
〇介護・障害福祉分野の職員の他職種と遜色のない処遇改善や業務負担軽減等の実現に取り組むとともに、これまでの処遇改善等の実態を把握・検証し、2025年末までに結論が得られるよう検討する。医療・介護・障害福祉等の公定価格の分野の賃上げ、経営の安定、離職防止、人材確保がしっかり図られるよう、コストカット型からの転換を明確に図る必要がある。
以上の文言を読むと、2025年12月までに決まる2026年度予算編成や報酬改定に向けて、増額を図る強い意思が現れている18。その半面、処遇改善の部分では「保険料負担の抑制努力を継続」という文言も加えられており、「右向け左」といわんばかりの相異なる方向性が同じ文章に併存している。
18 医療機関の経営難という本題と外れるため、ここでは詳しく触れないが、6月6日の経済財政諮問会議で示された原案と、同月13日に閣議決定された最終版を比較すると、人手不足が顕著な介護・障害福祉分野の処遇改善に関して、最終版では「他職種と遜色のない」という修飾語が加えられている。
