(写真はイメージです/PIXTA)

医療機関、特に病院では、物価・賃金の上昇を通じて人件費や委託費などが増加している半面、収入の大半を占める診療報酬の引き上げが微増にとどまったことが影響し、経営危機問題が深刻化している。こうしたなか、2025年6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」では、同じように収入源を報酬に頼る介護、障害福祉も含めた形で、各種報酬の公定価格を引き上げる方向性が打ち出された。本稿では、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、2026年度予算編成や診療報酬改定に向けた論点について詳しく解説します。

医療機関の経営悪化の状況と原因

赤字の病院が増加

まず、医療機関の経営状況を概観する。医療機関の収支に関しては、様々な調査結果が公表されている。最初に取り上げるのは2025年3月、日本病院会など6つの病院団体1が公表した「2024年度診療報酬改定後の病院経営状況」である2

 

この調査は2024年度診療報酬の改定後、6~11月の半年間の変化を調べるとともに、対前年で比較しており、診療報酬など医療機関の本業(医業)で得た医業収益は2024年6~11月の平均で、100床当たりで対前年比1.9%増の11億1,953万円となった。100床当たり外来診療の収益が0.5%減の3億1,134万円となったが、病床利用率の改善(79.7%→80.3%)などに伴って、100床当たりの入院診療の収入が3.0%増になったことが理由とみられる。

 

1 6つの団体とは日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会、日本慢性期医療協会、全国自治体病院協議会。
2 2025年1~2月に実施された調査。有効回答数は1,731 施設。

 

一方、本業に関わる費用を示す医業費用は100床当たりで対前年比2.6%増の11億8,645万円に増えた。その結果、両者の差し引きである医業損益は100床当たりで6,692万円の赤字となり、赤字額は前年の5,742万円から拡大した。

 

同じような傾向は他の調査でも共通しており、全国公私病院連盟が2025年2月に公表した「病院運営実態分析調査の概要」という調査3によると、診療報酬体系が変わった6月時点の比較では、1つの病院当たりで見た外来患者は1万584人となり、対前年比で5.6%減となった。一方、一般病院の病床利用率は69.4%となり、前年の68.4%よりもわずかに改善した。その結果、100床当たりで見た医業収益は対前年比0.3%増の2億1,960万円になった。

 

3 2024年6月実施。集計対象は812施設。

 

しかし、100床当たりで見た医業費用は対前年比1.9%増の2億4,415万円と増加し、100床当たりの医業損益は2,455万円の赤字となった。

 

このほか、2025年5月に公表された国立大学病院の2024年度収支決算(速報)でも、42病院のうち、約6割に当たる25病院で現金収入がマイナスになり、赤字総額は前年度の26億円を大きく上回る213億円に達した。ここでもインフレが影響しており、特に人件費については、2024年度診療報酬改定で111億円の増収となったものの、トータルでは284億円も増えたという。

 

こうした状況の下、医療機関の倒産や休業・解散が増加しており、帝国データバンクの調査4では、2024年で倒産は計64件、休廃業・解散は722件となり、それぞれ過去最多を更新した。

 

4 2025年1月22日公表の「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」を参照。

 

経営難の原因

上記のような経営難の原因として、幾つかの点が考えられる。まず、外来患者の減少である。関係者の間では「コロナ禍のあと、患者が戻って来ない」という声が多く出ており、先に触れた幾つかの調査でも外来の収入が減っている。こうした背景として、コロナ禍のあとに患者の行動が変わった影響5に加えて、一部の地域では人口減少も関係していると思われる。

 

5 厚生労働省が公表している『病院報告』を見ると、一般病床を訪れる外来患者の年間平均数(人口10万人対1日平均患者数)はコロナ禍前の2019年度で1,003.8人だったが、2023年度で5.7%減の946.4人に減っている。

 

実際、日本病院会の相澤孝夫会長は専門誌のインタビューに対し、「これまでも人口は減少してきましたが、緩やかだったので皆さんは体感がないのかもしれません。しかし、東京都など一部を除けば、2025年から2050年にかけてものすごい勢いで人口は減少していきます。コロナ後、『患者さんが戻らない』ともいわれますが、医療需要が変わっているから当然です」と述べている6

 

6 2025年1月5日『m3,com』配信記事を参照。

 

さらに、物価・賃金の上昇など医業費用の増加に対し、収益の増加が追い付いていない影響も大きい。たとえば、先に触れた日医・病院関係6団体の調査で医業費用の増加率の内訳を見ると、医薬品など材料費は2.0%増、給与費は2.8%増、委託費は4.2%増と軒並み増加した。全国公私病院連盟の調査でも対前年比で給与費が3.5%、委託費が6.2%の増加となっている。つまり、収入源となる診療報酬の伸びを上回る形で、人件費などが増えていることで、医療機関の経営が圧迫されている形だ。

 

2024年度診療報酬改定での対応や働き方改革も影響

このほか、2024年度診療報酬改定での対応も医療機関の経営にマイナスの方向に働いたと考えられる。2024年度診療報酬改定7では、日医などがインフレに対応するため、診療報酬の引き上げを強く要望し、与党もバックアップした。

 

7 2024年度診療報酬改定のうち、賃上げ対応は2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照

 

このため、保険料上昇を懸念する健康保険組合連合会(以下は健保連)幹部が「我々が想定した以上に、賃上げや物価高騰に対応するべきという『風』があり、それは我々にとって向かい風で、診療側には追い風だった」と振り返るような状況となった8

 

8 2024年6月1日『社会保険旬報』No.2929における松本真人理事に対するインタビュー記事を参照。

 

結局、図表1の通り、賃上げについては、診療報酬の加算(ボーナス)で専ら対応することになった。

 

出所:財務省、厚生労働省資料を基に作成
[図表1]2024年度診療報酬本体の改定の内訳 出所:財務省、厚生労働省資料を基に作成

 

具体的には看護職員やリハビリテーション職員などの給与を引き上げるため、要件を満たした医療機関が受け取れる「ベースアップ評価料」が新設された。これは図表1でいうと、青色及び青字の部分に相当するプラス0.61%の部分である。

 

しかし、賃金に使い道を固定化させた加算という方法は医療機関にとって、決して有り難い対応とはいえなかった。

 

確かに加算であれば賃金に必ず充当される分、保険料や税金(公費)の使途は明確になるが、材料費や委託費などの増加分には回せない。それでも光熱費などの増加分については、2024年度補正予算などで計上されている「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」が部分的に充当できるものの、都道府県ごとに対応に差が見られるという9

 

9 2024年12月17日の記者会見における日本病院会の相澤会長の発言。同日『Gem Med』『m3.com』配信記事を参照。

 

いい換えると、基本料や再診料を引き上げる形であれば、医療機関の経営自由度が高まるが、加算で縛られると、賃上げの財源に使えても、その他の経費増への対応が十分とはいえない。2024年度診療報酬改定の影響は今後、詳細が明らかになると思われるが、加算による対応が医療機関の経営を悪化させる要因として働いている可能性がある。

 

さらに、2024年度から始まった医師の働き方改革の影響も見逃せない10。つまり、医療機関から見ると、勤務医の労働時間が抑制されることが診療体制の制約条件となったり、残業手当の支給などでコストアップ要因になったりするためだ。実際、2025年5月の国立大学病院長会議の記者会見資料では、人件費増の一因として、物価上昇などと一緒に、医師の働き方改革の影響が列挙されている。

 

10 医師の働き方改革では、勤務医の残業時間を原則として年間960時間に抑える残業規制が導入された。その内容や影響については、2023年9月29日拙稿「施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか」を参照。なお、医師の働き方改革に対応する加算の是非が2024年度診療報酬改定でも話題になった。その様子については、2024年9月11日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(下)」を参照。

 

このほかの特殊要因として、ここ数年は新型コロナウイルス関連で補助金収入を得られていたものの、平時モードに移行したことで、補助金が打ち切られたことも収入減に繋がった。以上、様々な要因が絡み合う形で、医療機関の経営悪化が加速している形だ。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2025年6月24日に公開したレポートを転載したものです。

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