配偶者を亡くした叔母には子どもがいない
今回の相談者は、40代会社員の佐々木さんです。母方の伯母の相続について相談に乗ってほしいと、筆者の事務所を訪れました。
「伯母は6人きょうだいの下から2番目で、私の母が末っ子です。母と伯母は2歳違いと年が近く、双子みたいに仲よしでした」
佐々木さんの母親のきょうだい構成ですが、長男・長女・二男・三男・二女(伯母)・三女(佐々木さんの母)となっています。
伯母は40代で患った病気が原因で少し体が不自由になっており、佐々木さんと母親は、定期的に伯母のもとに通っては、こまごまとした世話を焼いていました。伯母もそんな佐々木さんと母親を頼りにしており、預金の管理など任せてきました。
「伯母夫婦には子どもがいませんでしたが、とても円満だったのです。ですが、5年前に伯父が亡くなってから、伯母はすっかり気弱になってしまって…。これまで以上に私たちを頼るようになっていたのです」
ところが半年前、佐々木さんの母親が急死してしまいました。
叔母の相続人はきょうだいと甥姪で10人!
伯母は、自分の財産はいずれ、佐々木さんの母親か、姪である佐々木さんに託したいと話していました。佐々木さんは独身で、母親が伯母のマンションを訪ねるときは常に同行しており、掃除や買い物も手伝っていました。
佐々木さんには妹がいますが、遠方に嫁いでおり、伯母の面倒を見ることはできないため、伯母の意向に異論はないといいます。
存命の叔父も高齢で、伯母の面倒を見ることはできません。代襲相続人であるいとこたちも、伯母とはほとんど交流がないため、伯母の介護を分担することはなさそうです。
伯母の配偶者は公正証書遺言を残しており、亡くなったあとは伯母がすべての財産を相続しました。伯母の財産は、自宅マンションと賃貸用の区分マンション2部屋で、不動産評価は合計6,400万円、あとは預金3,000万円で、総額は9,400万円となっています。
伯母はもともと6人きょうだいですが、伯母と三男以外の4人が亡くなっているため、その子が代襲相続人となることから、法定相続人は合計10人になります。
養子縁組の申請を出していいのか?
以上のような背景があり、また、最近佐々木さんの母親が急逝したことから、伯母は自分亡き後に佐々木さんへ財産を相続させるべく気持ちが焦っているようだといいます。そして、提案されているのが養子縁組だということでした。
養子縁組すれば、戸籍上、佐々木さんは叔母の子どもとなることから、伯母のきょうだいや、おいめいたちに相続権は発生しません。
「じつは母が存命のときから、伯母と私の養子縁組の話はチラホラ出ていたのです。今回、母が亡くなったことで伯母も気持ちが焦ったのでしょうか、養子縁組の申請書の作成を急ぎ、いつでも出せるよう、すっかり準備は整っているのです…」
当初は納得した佐々木さんですが、いざ手続きする段になって、本当にこれでいいのか不安になってきたといいます。
「養子縁組、本当にしてもいいのでしょうか? なにも問題はないのでしょうか?」
養子縁組?遺言書で遺贈?メリット、デメリット
養子縁組をしないまま、子どものいない伯母が亡くなれば、相続人の間で遺産分割協議が必要になります。しかし、人数が多いと話し合いや手続きが大変です。
伯母の意思は「財産は佐々木さんに渡す」という内容で固まっているので、養子縁組をするのではなく、遺言書を作成するという選択肢もあります。
筆者と提携先の税理士は、今回の話を受け、養子縁組した場合と、遺言書を作成した場合をそれぞれシミュレーションし、佐々木さんに説明しました。
養子縁組のメリットは、相続人がひとりであるため、争いが発生しないという点です。デメリットは、やはり相続人がひとりであるため、相続税の基礎控除が1人分の3,600万円かしかないという点です。
遺言書のメリットは、遺産分割協議が不要となり、伯母の意思も実現できるという点です。また、きょうだいには遺留分の請求権がないため、この方法も争いが発生する余地はありません。一方で、基礎控除は法定相続人分をカウントできるため、9,000万円のままです(3,000万円+〈600万円×法定相続人10名〉)。デメリットは、遺言書の作成に費用がかかり、証人も必要になるという点です。
相続税がどれくらい違うか?
財産9,400万円として、それぞれの相続税の概算を比較すると、下記のようになります。
●養子縁組:相続人1人 → 相続税1,040万円
●遺言書:相続人10人 → 相続税40万円
基礎控除9,000万円と3,600万円では大きな差です。養子縁組すると、相続税は26倍にもなってしまいます。
養子縁組をすると、相続税が跳ね上がることを知った佐々木さんは、
「驚きました。こんなに違うのですね。慌てて養子縁組の手続きをしなくてよかったです…」
とおっしゃいました。
それからすぐ、佐々木さんから事務所へ連絡がありました。
「うかがった内容を伯母に説明したところ〈それなら、公正証書遺言にしましょうよ〉とのことだったので、ぜひ作成をお願いしたいです」
いま、遺言書作成を進めている最中です。
相続の現場では、対策を急ぐあまり判断を誤り、結果的に不利な着地となってしまうケースも散見されます。いま決断することが、本当に最大のメリットをもたらすのかどうか、あらゆる角度から比較検討し、見極めることが大切です。
どうしても気持ちは焦ると思いますが、自分で判断がつかない場合は、士業をはじめとする専門家に意見を仰ぐなどして、納得できる、よりよい着地になるよう留意してください。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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