15年前に亡くなった父の相続が「放置」されているワケ
今回の相談者は、50代の井上さんです。70代で亡くなった父親の相続時に弟と確執が残り、去年母親が亡くなったあとも膠着状態になっているため助けてほしいと、筆者の事務所に依頼がありました。
井上さんの父親が亡くなったのは15年前です。当時の相続人は、井上さん、井上さんの母親と弟の3人でした。父親の財産は40坪の自宅不動産とわずかな預貯金で、土地、建物は共働きだった母親と2分の1ずつの共有名義となっていました。
預金を足しても、当時の相続税の基礎控除内の財産で、相続税の申告は不要でした。
「実家はオレが相続する」「ハァ!?」
しかし、父親の相続の遺産分割協議は、15年が経過しても実現できていません。発端は、父の四十九日の法要の席だったと、井上さんは振り返ります。
「父親の法要が終わり、母、私と夫、弟夫婦で実家に戻ったのですが、弟からいきなり〈実家はオレが相続する。お母さんと姉さんは現金な?〉と切り出したのです。〈ハァ!?〉って感じだったのですが…」
「弟は、すでに書類も準備してありました。弟は〈母さんからも印鑑はもらっている。姉貴はここに実印を押せよ〉といって、書類をこちらに投げるようによこしたのです」
「母はその場にいたにもかかわらず、知らん顔をしてひとりお茶を飲んでいました。私だけなにも知らされないまま、さも当然のように、弟が実家を相続する流れになっていて、それが許せませんでした」
井上さんの弟は学生時代から実家を離れ、結婚後は他県に家を買い、そこで自分の家族と生活しています。そんな経緯もあり、弟が実家を相続するのは納得しがたいと、井上さんは実印を押しませんでした。
弟は姉の態度が気に入らず、それ以降、井上さん夫婦を拒絶しています。
「母は弟がかわいいのでしょう。〈長男なんだから、弟のものでいいじゃない?〉〈なにがダメなの?〉というと、首をかしげてキョトンとしていました。本当に腹が立ちましたし、イラつきました…」
母親も死去…いよいよ相続手続きが必要に
そして、その母親も昨年亡くなりました。数年前から井上さんは実家へ介護に通っていましたが、2年前よりひとり暮らしがむずかしくなり、介護施設に入所しました。すると弟は、空き家となった実家から「自分が預金を管理する」といって、通帳類を全部持ち出したのです。
井上さんは、さらに弟へ怒りと不信感を募らせました。
母親も父親と同様、遺言書を残しませんでした。そして井上さんは、仲違いをしている弟と2人、いよいよ父親と母親の財産について遺産分割協議をしなければなりません。
父親の財産はすでに自宅だけ、母親は自宅と200万円程度の預金で、母親の財産についても基礎控除4,200万円以内と、相続税の申告は不要です。
2人とも同居しておらず、同等の立場であることから、財産は2分の1ずつ分けるというのが井上さんの希望です。実家も売却して2人で分けるしかありません。
「弟とは直に話ができません。弟との連絡役として、売却をはじめとする遺産の整理の話をまとめてもえませんか?」
これが井上さんの依頼内容でした。
遺産分割の考えは同じでも、確執があり歩み寄れない
亡き母親を介した話ではありますが、じつは、井上さんも弟も「財産は等分に分けること」「実家は売却すること」について異論はなく、考えは同じだといいます。
それなら、当事者間で事務的に進められそうなものですが、現実は簡単ではありません。15年もの間、お互いに譲らず平行線できたため、「弟のいうとおりではイヤ」「姉のというとおりでは気に入らない」という感情があり、いまさら距離が縮まらないのです。
井上さんは打ち合わせのなかで声を強め、
「これはお金の問題じゃありません。15年前の遺産分割協議書のことから、弟に全部詫びさせたいのです!」
といったことがありました。このような気持ちが根底にあるうえ、母親の介護施設入所の際の行動などから、かたくなな気持ちとなっています。
筆者の事務所は井上さんの依頼を受け、この件の窓口となって売却を進めることになりました。
弟に接触したところ、弟は弟で弁護士を立ててきました。つまり、代理人同士の交渉で、ようやく事態が動き始めたのです。
買主が決まってからも、まだ道は遠く…
井上さんの実家は人気エリアの住宅街にあり、すぐに路線価評価の1.5倍の価格で購入申し込みが入りました。筆者も先方の代理人の弁護士も、売却は容易だと考えましたが、それからも井上さんと弟の足並みは揃わず膠着状態となり、実際に売却が確定したのは半年たってからでした。
遺産分割協議書の作成、相続登記、測量の開始、不動産売買契約まで、本当に長い道のりでした。
相続人が顔を合わせての調印はできず、それぞれ順番に署名・押印し、印紙もそれぞれが貼り、各自、原本を保有する形となりました。
結局、2人が顔を合わせることは一度もなく、残念ですが、長年の確執が解消されることはありませんでした。
とはいえ、父親が亡くなってから15年間、ずっとかかえてきた問題は解消し、ようやくひとつハードルを超えたといえるでしょう。
自宅不動産を持つ人は、遺言書の準備が必須
だれしも、自分が育った実家には思い入れがあるものです。大人になって実家を離れていても、「実家を残したい」と希望する方は少なくありません。自身が購入した親世代はさらにその思いが強く「この家を残し、子や孫に継いでもらいたい」といいます。
しかし、相続人が複数の場合、遺産分割協議はなかなかの難題となります。相続財産の大半を実家不動産が占めていれば、なおさら分けにくく、遺産分割は不公平になりやすいのです。
自宅不動産を保有し、これから自身の相続を考える必要がある方は、ぜひ下記に留意して準備をしましょう。
【生前】
遺言書で家を相続する人を決めておく
遺言書の内容を相続人全員に知らせ、自分の意思を伝えておく
不公正感のない分割案を作っておく
不動産と金融資産のバランスが取るようにする
バランスが取れていない場合は、生前に自宅を売却するなどして分けやすくしておく
【相続時】
相続人全員で情報共有、コミュニケーションを取る
できるだけ公平な分割にする
相続の専門家のアドバイスを受け、依頼する
相続登記が義務化されたことを説明、理解してもらう
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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