実家暮らしの8人きょうだいの長女が「生涯独身」だったわけ
今回の相談者は、70代の山田さんです。80代の長姉の将来の相続について相談したいと、筆者のもとを訪れました。
山田さんは8人きょうだいの3番目で、実家はきょうだいのいちばん上である長姉が継いでいます。姉は独身で子どももいません。
「私の家は早くに母を亡くし、いちばん上の姉が母親代わりになって、わたしたちきょうだいの面倒を見てくれたのです」
山田さんの姉は、きょうだいの世話に追われて結婚の機会を逃し、その後は父親の介護をひとりで引き受けたことで、就労して資産を築く機会も失いました。
「父はことあるごとに〈お姉ちゃんは家族の犠牲になった〉と涙声で話していて、大変気にかけていました。それもあり、自筆の遺言書を残したのですが、相続のときは本当に大変で…」
父親の遺言書の中身は「きょうだいの世話と自身の介護を引き受けてくれた長姉に、全財産である、自宅不動産と2,000万円程度の預貯金を相続させる」というものでした。
自宅敷地は40坪程度ですが、人気エリアの駅から徒歩3分の好立地です。じつは、山田さんの父親が手に入れたときは、それほど価値の高いエリアではなかったのですが、その後、周辺が開発されたことにより地価が上昇し、父親が亡くなったときには、かなりの価格となっていました。
「姉がきょうだいの犠牲になったことは明らかなのに、いちばん下の弟と、そのすぐ上の妹は〈遺産はきょうだいで分けるべき、ひとり占めはおかしい〉と言って大騒ぎをしました。姉のすぐ下の長兄なんて〈俺はみんなの意見に従うよ〉などと言って知らんぷりで…。この兄は姉と年子なのに、学生時代は姉に弁当を作らせ、大学卒業後はすぐに結婚して、本当に無責任なのですよ」
長姉に同情した山田さんがほかのきょうだいと強気で渡り合ったことにより、長姉は財産を相続することができ、住む場所と生活資金を確保できました。
「姉は40代から、商店街にある洋品店でパート従業員をしていて、退職したのは70代半ばです。いまは少し足腰が弱り、ヘルパーさんに来てもらっていますが、ひとりで生活しています」
父の相続で、きょうだい間のトラブルに「ウンザリ」
父親の相続から時間が経過し、今度は80代になった長姉の相続を考えるべきタイミングが訪れました。きょうだいのうち、長男と二男は亡くなっており、代襲相続人がいるため、現状における長姉の相続人は10人です。なかには、父親の相続時のトラブルの結果、疎遠になってしまったきょうだいもいます。
母親の相続で苦労をした長姉は、自分の相続時にはもめごとにならないよう、パート従業員だった時代に、父親の相続時にお世話になった司法書士に相談し、公正証書遺言を作成していました。
「姉は父の相続時のトラブルにウンザリしていました。遺産は確執の残ったきょうだいやその子どもたちではなく、私と私の子どもに渡したいと考えているのです」
父親の相続時に住む場所を失いそうになった長姉は、代わりにきょうだいと交渉し、自宅と生活資金を確保してくれた山田さんに感謝しています。そのため、山田さんとその長女に遺産を相続させるという内容で、遺言を作成したのです。
遺言書は準備したが…時間の経過とともにつのる不安
「遺言書を作成して一安心と思ったのですが、改めて考えると不安が出てきまして…」
遺言書には「山田さんが自宅不動産を相続し、金融資産は山田さんと山田さんの長女で2分の1ずつ」としてあります。また、遺言執行者は長姉と同い年の80代の司法書士になっています。
筆者と提携先の弁護士は、今回の相談内容から、いくつかの問題点を洗い出しました。
●山田さんはすでに自宅を保有しているため、相続した場合に小規模宅地等の特例が使えない
●姉と山田さんは4歳違いで、どちらが先かわからない
●遺言執行者が高齢であり、また、山田さん家族とも面識がない
準備された遺言書は、万一山田さんが先に亡くなった場合には言及されていません。そのため、万一があった際には、あらためて相続人全員で遺産分割協議をする必要があり、長姉の思いは実現できない可能性高くなります。
以上のことから、遺言書を作り直すことになりました。
「予備的遺言」の重要性
相続させる人が遺言者より先に亡くなった場合に備えて、次に相続する人を指定しておく遺言を「予備的遺言」といいます。長姉がいちばん年長でも、相続人のほうが先に亡くなる可能性はゼロではありません。
その点、次に相続する人や遺贈する人まで決めておけば、不安がありません。
また、遺言執行者の要件はとくに決まっていません。弁護士や司法書士などの資格者である必要はなく、相続人や遺贈を受ける人を遺言執行者としても問題ありません。専門家に依頼すれば報酬を払う必要がありますが、相続人や遺贈を受ける本人であれば、そうした報酬なしに手続きできるため、親族間ではそのようにするケースは多くあります。
今回は、山田さんや親族を遺言執行者にすることをお勧めしました。
どうせなら、相続税も節税できたほうが…
現在の長姉の遺言書では、自宅を山田さんが相続することになっています。しかし、山田さんは夫名義の家に住んでいるため、居住用の小規模宅地等の特例は適用できません。しかし、山田さんの長女は独身で、いまは賃貸アパートにひとり暮らしをしています。
小規模宅地等の特例を適用するなら、山田さんではなく、山田さんの子どもに相続させる必要があります。長姉からすれば、山田さんの子どもは姪であり、3親等ですが、自宅の遺贈を受けると小規模宅地等の特例が適用でき、相続税を圧縮できます。
姉の財産は自宅と預金を合わせておよそ1億円であるため、少しでも節税したいところです。特例が適用できれば相続税は4分の1に減らせます。
山田さんにその旨を説明すると納得し、恐らく長姉も家族も異論はないとのことでした。
「できれば、最初の遺言書の作成時に、その情報を伺いたかったです…」
山田さんは残念そうにつぶやきました。
遺言書は、あとから作り直したものが有効に
遺言書は作成した年月日の新しいものが有効になります。山田さんの長姉も、改めて印鑑証明書をはじめとする書類をそろえ、山田さんの家族も住民票などを用意する必要はありますが、それにより相続税を節税し、遺産分割協議が不要になることから、すぐに作り直しを決断されました。
なお、きょうだいには遺留分の請求権がないため、長姉の意思は問題なく実現します。
「小規模宅地等の特例」を受けられる人とは?
小規模宅地等の特例は、「被相続人の親族」が相続または遺贈により取得したものであれば適用できます。親族は、一般的には血統・婚姻によってつながる人々をいいますが、法律上は6親等内の血族、配偶者および3親等内の姻族をいいます。
配偶者、子どものいない山田さんの長姉からみて、山田さんの娘は姪で3親等になり、要件の範囲内となります。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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