年央まで利下げ開始の目途が立たない場合、市場は動揺するだろう
ただし、2024年半ばになっても利下げ開始の目途が立たないような状況になれば話は別だ。年3回の利下げということは、普通に考えれば6、9、12月のFOMCで決定されると思われる。
ところが6月に近づいても利下げが行われる気配がなければ、市場は動揺するだろう。そしてそのシナリオの蓋然性は高いと思われる。
不透明要素はインフレ率の高止まりと低い失業率
第1の理由はインフレ率が高止まりする可能性だ。米国のインフレ率はCPI(消費者物価指数)コアで前年同月比4.0%、PCE(個人消費支出)コアが3.2%と順調に低下してきた。
しかし、スーパーコアCPI(サービスCPIからエネルギー・サービスと住居を除いたもの)は6月以降、ほぼ横ばいだ。FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は以前、講演でこの指標について、物価動向を見極めるうえで最も重要だと述べた。もともと、こうした「本当のコア・インフレ」というものは粘着性が高いと言われてきたが実際、そのとおりの動きとなっている。
前述のとおり、PCEコア指数は前年比で3.2%まで低下しているが、FOMCの2024年のインフレ見通しは2.4%だ。インフレが2%台半ばに沈静化する見通しに立っての年3回の利下げである。スーパーコアの粘着性を考えると、そこまでインフレが落ち着くだろうか。PCEコアが3%台を切らないうちに利下げに踏み切るのは難しいのではないか。
さらに不安要素は原油価格の動向だ。インフレ全体(総合レベル)が落ち着いているのは原油などエネルギー価格が低下したからだが、現状の1バレル70ドル台はほぼボトム、これ以上の低下は見込めないだろう。
そこに新たな火種が出てきた。ロシアに対する経済制裁や石油輸出国機構(OPEC)プラスの協調減産、サウジアラビアの自主減産が続くなかで、いまの相場安定を担っているのはイランからの供給だということは市場関係者のあいだで共通認識になっているが、そのイランからの供給に不透明感が出てきた。いうまでもなくイスラエル=ハマスの戦争の影響である。
イスラエルの戦闘はガザ地区だけでなく周辺に拡大しているが、なかでもシリアは重要なポイントだ。シリアで活動しているレバノンのシーア派組織ヒズボラ、イエメンの反政府勢力フーシ派はイランが支援している。そうしたなか、イランの精鋭部隊・革命防衛隊は同隊軍事顧問のラジ・ムサビ准将がシリアでイスラエルのミサイル攻撃を受け、死亡したと発表した。イランは報復攻撃を行うと宣言しているが、直接戦闘には関与したくないというのが本音だろう。だから、ますます後ろ盾となっているヒズボラ、フーシ派などの活動を煽る戦略に出るのではないか。
28日のニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で原油先物相場は続落した。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)2024年2月物は前日比2.34ドル安の1バレル71.77ドルで取引を終えた。
その理由は、フーシ派の商船攻撃で見送っていた紅海の運航を再開する動きが出ていることで原油供給の停滞に対する懸念が薄れたからだ。治安悪化で紅海の運航を避ける動きが広がっていたが、今週(2023年12月28日の週)に入り、一部の海運会社が運航を再開する方針を示した。しかし、上記の理由で今後紅海の治安は悪化し、再度原油の供給懸念が高まることもじゅうぶんあり得るだろう。
第2の理由は米国の労働市場が強いことである。失業率は3%台だ。労働参加率も上がってきてはいるが、コロナ前の水準には戻っていない。求人件数もピークアウトはしたが、コロナ前のピークより100万人も多いまま。つまり、一時のひっ迫感は薄れたが、人手不足であることに変わりはない。コロナの給付金がそろそろ底をつき、人々は働かないといけなくなり、労働市場に戻っている。
しかし、簡単に職が見つかるだろう。このような状況では失業率は上がらない。果たしてFRBは年3回の利下げを行えるだろうか。2024年半ばから利下げを開始できるのか。この不透明要素が、2024年のまずひとつめのリスクである。
広木 隆
マネックス証券株式会社
チーフ・ストラテジスト 執行役員
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