歯止めがかからない少子化
日本の少子化対策は、1990年の1.57ショックを契機として、1994年にエンゼルプランが実施されたのを嚆矢(こうし)とする。2003年に少子化対策基本法が制定されてからは4度にわたる「少子化社会対策大綱」の策定、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」、「ニッポン一億総活躍プラン」、「人づくり革命基本構想」、「新子育て安心プラン」、全世代型社会保障制度の確立など、少子化対策が加速している。
こうした中、児童手当、子どもの医療費無償化、高校無償化等、さまざまな少子化対策が拡充されながら実施されているにもかかわらず、少子化に歯止めがかかっていない。
少子化対策基本法を受けて策定される「少子化対策大綱」では、少子化の進行は社会経済の根幹を揺るがす危機的状況を生んでおり、その主な原因は、未婚化・晩婚化、有配偶出生率の低下にあるとしている。
そこで、「国民が結婚、妊娠・出産、子育てに希望を見出せるとともに、男女が互いの生き方を尊重しつつ、主体的な選択により、希望する時期に結婚でき、かつ、希望するタイミングで希望する数の子供を持てる社会をつくる」ことで、若い世代の結婚や出産の希望がかなえられたときの出生率である「希望出生率」1.8を実現するとしている。
しかし、実は、希望出生率自体が低下している。2019年に改訂された「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」によれば、(有配偶者割合(18~34歳女性)32.0%×夫婦の予定子ども数2.01人+独身者割合(18~34歳女性)68.0%×独身者のうち結婚を希望する者の割合(18~34歳女性)89.3%×独身者の希望子ども数(18~34歳女性))2.02人×離死別等の影響0.955で定義される希望出生率は1.79と推計されている。
この推計式をもとに、厚生労働省『第16回出生動向基本調査』結果により、「夫婦の予定子ども数2.01人」、「独身者のうち結婚を希望する者の割合(18~34歳女性)84.3%」、「独身者の希望子ども数(18~34歳女性)1.79人」をアップデートして再推計を行うと、希望出生率は1.59となった。
つまり、もし仮に、政府が異次元の少子化対策によって若い世代の結婚や出産の希望をかなえられたとしても実現される出生率は1.59にとどまり、人口置換水準の2.07に遠く及ばず、現状の出生率1.27程度からも小幅な改善にとどまる。これまで行われてきた日本人を増やすという少子化対策は効果を上げていない。
この点に鑑みれば、これまでの少子化対策はいずれも控えめに言っても失敗だったと評価せざるを得まい。
つまり、岸田首相が「異次元の少子化対策」を実施するにしても、なぜこれまでの少子化対策が失敗したのか検証なくして、政策メニューはこれまで通り、金額の規模だけが異次元になるのでは、結局、貴重な時間とおカネの浪費にしかならないのではないか。
そもそもこれまでの少子化対策は、出生数を目標にしたものか、出生力を目的にしたものなのか、そして何のための少子化対策なのか、その目的がハッキリしていなかった。今回の対策はどうだろうか。
東京都によるバラマキで少子化悪化の懸念
ところで、岸田総理が「異次元の少子化対策」を打ち出す数時間前に、東京都の小池百合子都知事は、18歳以下の子どもに月5000円の一律給付を打ち出したのに続き、所得制限を設けずに0~2歳の第2子の保育料一律完全無償化、都内の私立中学校に通う生徒の授業料への年間10万円の助成など、少子化対策を矢継ぎ早に打ち出している。
実は、東京都の少子化は全国最悪であり、東京都の合計特殊出生率は1.08と全国平均の1.30を大きく下回っている。一方で東京は結婚や出産適齢期の女性が全国各地から流入している。
仮に、東京都以外の道府県から東京に転入した女性が、出身地の合計特殊出生率であったとしたら、東京都の合計特殊出生率は実績値の1.08から1.17へ上昇する。つまり、東京都は他の道府県に比べて出生を阻害する要因が多いということになる。
こうした阻害要因を放置したまま、財政力の強い東京都が少子化対策と称して子育て世帯へのバラマキを強めれば、他の道府県から東京都への子育て世代の流入を促進するだけで、全国の出生率の改善にはつながらないどころか、かえって全国の少子化を加速させる可能性も高い。
要は、子どもや子育て世帯の奪い合いを生じさせるだけである。こうした事態を防ぐには、都道府県がばらばらに少子化対策を実行するのではなく、国が少子化対策の主体となる必要がある。
何のための少子化対策なのか
だからこその「異次元の少子化対策」なのだという声も聞こえてきそうだが、社会保障のスリム化ではなく、増税による少子化対策はかえって少子化を加速させる懸念がある。
しかし、それ以上に問題なのは、そもそも何のための少子化対策なのか国からも東京都からも明確に発信されていないことにある。
つまり、少子化対策の目的が単に、子を持ちたい国民が子を持てるようにするだけが目的であれば、人口減少には歯止めがかからないのだから、若者を痛め付ける社会保障制度の改革なくしては、国の根幹を揺るがす危機的状況は先送りされるだけである。
あるいは、経済や人口が右肩上がりの時代に構築された社会保障制度を延命させるため、頭数の多い団塊世代や団塊ジュニア世代の老後の面倒を見させるための労働力が必要というのであれば、仮に岸田首相の「異次元の少子化対策」や小池知事の「分厚い少子化対策」が即効果を上げても、その子どもたちが社会や経済を担うのは20年後なのだから、それまでの間、社会や経済を支える労働力をどこかから連れてくるほかない。
要するに、どちらにしても、現在の年齢に依存した社会保障制度の抜本的な改革は避けて通れないし、社会保障制度の抜本的な改革が政治的に不可能であるのならば、外国から労働力を連れてくる以外に道はない。
国立社会保障・人口問題研究所「将来人口推計」によれば、外国人を毎年50万人受け入れたとしても、出生率の仮定を2.20に置き換えた場合の総人口よりはやや増加する程度で、2065年時点では人口は減少する。人口を増やすには毎年75万人規模の外国人を受け入れる必要がある。
ただし、この場合、同質的な日本人を前提に組み立てられてきた日本の在り方は大きく変容することは間違いないだろう。もし、こうした大胆な移民政策を実行できるのであれば「異次元の少子化対策」と呼ぶに値するのではないだろうか。
実際、新型コロナウイルスで外国との往来が途絶する前の2020年1月では、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によれば、2019年1月に比べて外国人が増加したのは島根県を除く46都道府県であり、そのうち埼玉県、千葉県、滋賀県、大阪府では外国人の流入により総人口が増加している。
しかも、外国人の年齢構成は日本全体のそれよりも若いため、出生率も日本人より高く6.8%となっている。
このように、外国人の受け入れは、少子化対策としても、人口対策としても即効性があることが確認できる。しかし、こうした外国人移民の導入という議論は政治的にも国民的にも皆無である。
そもそも、1.57ショックの1990年当時のバブル時代であれば外国人も喜んで日本にやってきただろうが、アジアで見ても賃金水準が低下している日本にやってくる外国人はどれだけいるだろうか。
島澤 諭
関東学院大学経済学部 教授
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