止まらない「少子化」、対策をいくら講じても…背景に潜む〈重すぎる社会保障〉の問題【経済学者が解説】

止まらない「少子化」、対策をいくら講じても…背景に潜む〈重すぎる社会保障〉の問題【経済学者が解説】
(画像はイメージです/PIXTA)

いくら対策を講じても、全く改善の兆しがない日本の少子化。その理由として、歴代政権が行ってきた高齢者への手厚い社会保障制度がある。実情を見ていく。※本連載は島澤諭氏の著書『教養としての財政問題』(ウェッジ)より一部を抜粋・再編集したものです。

出生数の増加は絶望的

外国人移民の受け入れに舵を切らないのであれば、やはり、日本人を増やす出生増対策に力を入れざるを得ない。

 

出生数の変動の要因は、子を持つ適齢期(と考えられている)15歳から44歳までの女性人口と総出生率に分けられる。

 

1980年と2020年を比較すると、15歳から44歳までの女性人口は24%減少、総出生率は30%減少している。

 

2022年の出生数は80万人を下回ったのは確実だが、足元の15歳から44歳までの女性人口を前提に、例えば100万人程度(2015年では出生数は100.5万人で2016年には97.7万人と100万人を下回った)の出生数を実現しようと思えば、総出生率を41.8‰から49.7‰(1987年が50.4‰、1988年が49.1‰)へ引き上げなければならない。

 

もしくは、現在の総出生率を前提として出生数を増やすには、女性人口を453万人増やさなければならない。つまり、社会の出生力が低下しているのに加えて、女性人口が減少しているので少子化が進行しているのだ。その意味では、出生数の増加は現時点では移民を認めない限り、絶望的だ。

財源調達方法で変わる少子化対策の効果

報道を見る限り、今後設置される会議では児童手当を中心とした経済的支援の強化、子育て家庭を対象としたサービスの拡充、働き方改革の推進が検討項目としてあがっている。その中で、児童手当の恒久財源として消費増税が検討されているようなので、子育て予算の充実と、その財源調達の違いが出生数に与える影響を考えてみたい。

 

筆者は、過去の出生率の推移を、婚姻数、税引き後所得、女性所得、家族向け社会保障給付、高齢者向け社会保障給付、社会保険料、消費税負担、政府債務残高を用いて推計した。その関係性を示した推計式が以下である。

 

出生率=10.96+0.213×婚姻数+0.369×税引き後所得-0.306×女性所得+0.014×家族向け社会保障給付-0.105×高齢者向け社会保障給付-0.330×社会保険料-0.003×消費税負担-0.0004×政府債務残高

 

この推計式を用いて2022年の出生数を試算したところ、78.2万人、さらに、2020年以降の3年間で新型コロナウイルス禍で失われた出生数は11.4万人となった。

 

この推計結果を用いて、以下の5つの政策の効果を比較・検討する。

 

(ケース1)家族向け社会保障給付10兆円増加。これは2020年度現在の家族向け社会保障給付は10.8兆円なので子育て予算倍増に相当する。

 

(ケース2)ケース1を実現するための財源調達手段として、同額の国債を発行する。

 

(ケース3)ケース1を実現するための財源調達手段として、同額の消費税を引き上げる。

 

(ケース4)ケース1を実現するための財源調達手段として、同額の高齢者向け社会保障給付を引き下げる。

 

(ケース5)ケース1を実現するための財源調達手段として、同額の社会保険料負担を引き上げる。

 

以上のケースの結果は図表の通りとなった。

 

(出典)厚生労働省より筆者試算
[図表]増加する出生数 (出典)厚生労働省より筆者試算

 

シミュレーション結果からは、高齢者向け社会保障削減の効果が最も大きく、ついで全世代で広く負担を分散できる消費増税による財源調達、赤字国債による財源調達は結局将来の負担増なので少子化政策拡充の効果が消費増税よりも多く相殺されてしまうことが分かる。

 

何より子育て適齢世代を含む勤労世代に負担が偏る社会保険料負担増による財源調達は子育て政策拡充の効果を打ち消してしまうことが指摘できる。

 

つまり、もし岸田首相が本気で「異次元の少子化対策」を実行するのであれば、子育て関連に関しては特段の政策を講じる必要は全然なく、ましてやそのための消費増税は不要で、高齢者向け社会保障給付を削減するだけでよいのだ。これは、本章での別の試算結果とも整合的だ。

 

結局、国や東京都が行おうとしている少子化対策は、即効性のある外国人への門戸開放ではなく、現在のところ、これまでの延長線上にある対策の規模を大きくしたものに過ぎない。少子化に歯止めをかけた実績も、即効性もないのだから、国難としての少子化に対応しているフリをしているだけ、何かやってる感を演出しているだけに過ぎない。

「子育て支援連帯基金」構想の落とし穴

「異次元の少子化対策」の財源として、権丈善一慶應義塾大学教授が提唱する「子育て支援連帯基金」構想が有力となっている。「基金」構想では、年金・医療・介護保険などの公的保険財源から一定額ずつ拠出して、少子化対策の財源とする。

 

こうした「基金」構想と似た案として、2017年に自民党「2020年以降の経済財政構想小委員会」が提案した「こども保険」がある。社会保険料に0.1~0.5%程度上乗せする「こども保険」を導入することで、所得制限なしで現行の児童手当に一律月額5000円~2万5000円を上乗せして幼児教育・保育の負担軽減や実質無償化を図ろうとするものだった。

 

通常、社会保険は、何らかの社会的なリスクに対応するものとして設計される。

 

例えば、年金保険であれば長生きリスク、医療保険であれば病気になるリスク、介護保険であれば要介護状態に陥るリスクだ。どうやら「基金」構想が念頭に置く「リスク」は、このまま少子化が進行すれば社会保障の持続可能性が失われるという「リスク」に対応するもののようだ。

 

専門家の間では、子育てが社会保険の対象とする「リスク」であるか否かさまざまな議論はあるが、そもそも社会保障は、国民の合意形成に基づいて特定の「リスク」を選択し、それに対応した制度を導入してきた。

 

例えば、家族が増えるということは家計支出の増加を意味し、そうでない場合に比べて家計が苦しくなることをリスクとみなし、社会で支えるのも十分可能である。したがって、子育てが「リスク」であるかを問うことは、神学論争に陥ってしまい、あまり意味がない。

 

2020年度現在、社会保障の規模は給付面では132.2兆円、負担面では184.8兆円となっている。「異次元の少子化対策」とそれを支える「基金」構想では、給付も負担もさらに上乗せされることになる。

 

実は、この「基金」構想には、3つの「落とし穴」がある。

 

落とし穴1:社会保障の規模の拡大は、負担で見ても給付で見ても、出生率を低下させる

 

落とし穴2:社会保障負担の拡大は、経済成長率を低下させ、経済成長率の低下は出生率を低下させる

 

落とし穴3:国民負担率が大きいほど、日本から脱出する海外永住者が増える

 

このように、「異次元の少子化対策」を実行するにしても、その財源を「基金」構想であれなんであれ、新たな負担に求めるのであれば、日本の衰退はおろか亡国への流れは決定的になってしまうだろう。日本を衰退させないためにも、新たな負担ではなく社会保障給付の付け替えや効率化で財源を捻出し、子育て政策を充実すべきだ。

 

くれぐれも、「異次元の少子化対策」をこれまでの社会保障政策・制度改革の失敗を覆い隠すための方便とさせてはならない。

必要なのは社会保障のスリム化

要するに、なぜ幾たびの少子化対策が講じられても少子化が進むかと言えば、重すぎる社会保障の存在があるからである。社会保障制度のスリム化が何よりも重要であるにもかかわらず、歴代政権が政治的に多数派の高齢世代に遠慮して、高齢者向けをはじめとする社会保障制度のスリム化を怠ってきたからに他ならない。

 

また、少子化対策のための新たな財源を増税で手当することは、実質的に子どもを持たない者や子育てが終了した世帯に対して罰金を課すのと同じであることにも留意が必要だ。日本では子を持つ世帯は相対的に裕福であるので、子育て対策は低所得層から中高所得層への逆社会保障としても機能してしまっている。

 

つまり、高齢者向け社会保障給付のスリム化が実現できれば、異次元の少子化対策や月々5000円程度の追加的な給付に期待しなくても大幅に手取り所得増になるし、そうなれば結婚や子どもを諦めていた若者にも希望が出てくる。

 

したがって、岸田首相が、シルバー民主主義に真っ向から挑戦して高齢者向け社会保障制度のスリム化を実現し、バラマキ政治とクレクレ民主主義から決別できれば、それこそ「異次元の少子化対策」が実現される。そのためには、バラマキ政治とクレクレ民主主義が導く「大きすぎる政府」から「適正な政府」へと舵を切ることが必要だ。

 

結局、日本の少子化対策とは、実際には出生増対策なので、筆者は、現在の少子化対策は高い確率で失敗に終わると見ている。しかし、同時に、こうした失敗の責任がある特定のグループに負わされるのではないかという点を危惧している。

 

つまり、これだけの国費をつぎ込んで「異次元の少子化対策」を実行したにもかかわらず少子化に歯止めがかからないのは、若者が子を持とうとしないからだ、特に、若い女性がわがままだからだという批判が出るのではないかと心配している。子を産めない人や子を持たない選択をした人たちへの社会的なバッシングも起きるだろう。

 

繰り返しになるが、日本の少子化に即応しようと思えば、移民の導入は不可避である。しかし、現行の外国人移民に頼らない少子化対策路線を取るのであれば、日本人女性に子を産んでもらうほか解決方法がない。

 

視点を変えると、政府が政策によって、出生を強制する、あるいは社会的に出生を奨励する風潮を作ることは、女性の人権を侵害する可能性を孕んでいることに留意が必要だ。

 

かつて時の厚生労働大臣が「15から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっている」、「機械というのはなんだけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」と発言し批判を浴びたことがあったが、実はこの発言は国による少子化対策は女性の人権侵害という側面を併せ持っているという本質をついている。

 

国難を救うための少子化対策と称して、子を生むか生まないか、結婚するかしないかで、政府によって優遇されたり、冷遇されたりする世の中では、たとえ、移民を受け入れて一時的に少子化に歯止めがかかったとしても、また少子化が進行してしまうだろう。

 

大多数の国民は国の命運を外国人に頼るのは心許ないと考えているに違いない。だから、出生対策に頼ろうとするのも理解できる。

 

しかし、だからこそ、失敗続きの「日本人を増やす」という「逃げ」の少子化対策に走るのではなく、子を持つ持たない、結婚するしないという意思決定にゆがみを与えない、そうした意思決定に中立的な雇用環境や税制、社会保障制度を構築する方が、国民の幸福も増すだろうし、国家の持続可能性も増すはずだ。

 

社会保障のスリム化にあわせ、戦後の高度成長期という日本史上イレギュラーな時期に形成された右肩上がりの人口・経済を前提とする社会・経済の諸制度を、人口構造から中立的な制度へ変更することからも逃げてはならない。

 

 

島澤 諭
関東学院大学経済学部 教授

 

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※本連載は島澤諭氏の著書『教養としての財政問題』(ウェッジ)より一部を抜粋・再編集したものです。

教養としての財政問題

教養としての財政問題

島澤 諭

ウェッジ

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