(※写真はイメージです/PIXTA)

長年連れ添ってきた夫婦にとって、定年退職は“新たな暮らしのスタート”とされます。旅行、趣味、庭仕事――「これからは夫婦でゆっくり」と期待する一方で、実際には会話が減り、生活リズムが合わず、すれ違いが深まっていく例も少なくありません。厚労省の統計でも、60代以降の熟年離婚・別居は年々増加しています。「老後は一緒に穏やかに」――その願いが、突然の“別れ”に変わった夫婦の姿を見ていきます。

「まさか、あの人が出ていくなんて…」

神奈川県に住む小山美津子さん(仮名・69歳)は、3年前に夫・康弘さん(仮名)が定年を迎えたことをきっかけに、ふたり暮らしを始めました。子どもたちはすでに独立し、30年以上続いた「家にいない夫」が、突然“毎日家にいる存在”になったのです。

 

「最初は楽しみにしていたんです。でも、2週間も経つと違和感だらけで。生活音のひとつひとつが気になって、何を話していいかも分からなくなって」

 

夫婦の会話は日ごとに減っていき、リビングに沈黙が漂う日が続いたといいます。

 

ある日、美津子さんが買い物から帰ると、リビングの机に小さなメモが置かれていました。

 

「すまん、俺が無理だった。ここにいるのがつらい。しばらく距離を置かせてほしい。康弘」

 

テレビも消えたまま。クローゼットからは、夫の普段着と通帳の一冊が消えていました。

 

「ショックというより、“何がどうしてこうなったのか”がわからなくて…ずっと呆然としていました」

 

しばらくして、娘を通じて、康弘さんが定年直前まで勤務していた地方都市にある旧社宅アパートに“戻って”暮らしていることがわかりました。

 

「実は夫、定年まで数年単身赴任だったんです。退去はしていたけど、家具は最小限に残していて、近くの月3万円の古いアパートに入り直したみたいです。正確には“新生活”じゃなくて、“元の場所に戻った”という方が近いですね」

 

美津子さんによれば、夫の退職金は一部を家計とは別に管理していたため、敷金・礼金などはその中から支払ったようだとのこと。

 

「最初は、“年金暮らしで出ていける余裕なんてあったの?”って思いました。でも、考えてみたら、自分の年金と貯金で“最低限だけで生きたい”と思ったのかもしれません」

 

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