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「資産2億円」への誤解
大企業で順調に出世し、55歳で役職定年を目前に控えていたNさん。彼は、長年の計画的な投資と、親からのまとまった遺産相続が重なり、2億円という一般のサラリーマン水準を遥かに超える資産を手にしました。
「これだけあれば、一生遊んで暮らせる」。そう確信したNさんは、会社に辞表を提出します。同僚からは羨望の眼差しを向けられ、送別会では「これからは毎日が夏休みですね」と祝福されました。
退職直後の数ヵ月間は、充実していました。平日の朝、アラームを鳴らさずに目覚め、高級なコーヒーを淹れる。混雑とは無縁の平日に旅行へ出かけ、現役時代にはいけなかった名店でランチを楽しむ。毎日のようにゴルフに行ったり、夜更けまで読書をしたり。これまで会社という組織に縛られていた分、手に入れた自由は格別なものに思えたのです。
しかし、このときはまだ、Nさんは自分が「大きな勘違い」をしていることに気づいていなかったといいます。
自由という名の孤独
FIRE直後の高揚感が薄れはじめた4ヵ月目、Nさんはある事実に気づきます。
「やることがなにもない。誰からも連絡がない」
現役時代のNさんは、平日は朝から晩まで仕事に追われ、携帯電話には部下から報告や上司からの相談でひっきりなしに電話が入っていました。出勤すると海外の支店からのメールが溢れんばかり。そのため、週末は疲労でぐったりして夕方までだらだらするのが日課でした。当時の「自由な時間」とは、仕事のための体力を回復する時間のこと。しかし、毎日24時間すべてが自由時間になると、その価値は一変します。趣味だったゴルフや読書も、毎日続けると単なるヒマ潰しに変貌したのです。
さらに、重大な誤算は「周囲の人間は誰もヒマではない」という点でした。平日の昼間に「いまから飲みに行かないか」と誘える友人はいません。夫と一緒にリタイアすることを選ばなかった妻は、パートの仕事や自分の友人たちとの交遊があり、1日中家でゴロゴロしている「無職の夫」に戸惑うようになりました。
比較的仲の良い夫婦だと思っていましたが、55歳という年齢で四六時中顔を突き合わせるようになったせいか、妻の表情から、どこか自分への鬱陶しさを感じるように。
「もしかして、俺は無職のおじさんか」。仕事をしていたからこそ、妻と適度な距離を保てていたことにNさんは気づきました。夫がFIREしても、妻は自分の仕事や人間関係から卒業するつもりはないようです。Nさんは、「自分がヒマで孤独なおじさんだ」という事実に気づいたときから、焦りのような気持ちを持つようになりました。
「俺はまだ55歳なんだが……。このままあと30年どうやって生きていこうか」