真逆のリスクを補い合う矛盾
社会保障制度は、その時々の経済、社会情勢によって、その理念やカバーする範囲、在り方も変化する。今後はかつてほど高い経済成長率が望めないのであれば、社会保障の役割は大きくなることはあっても小さくなることはないだろう。
したがって、低賃金化、非正規社員化の進行で困窮化する現役世代が過度に不利になり、高齢世代が有利になるような不公平な社会保障制度であっては、将来にわたって皆保険・皆年金を維持していくことは難しく、現役・引退世代間の社会保障給付・負担のバランスについては、社会保障を構成する各制度の理念と目的に照らし合わせて不断の見直しが必要となってくる。
これまで、日本の社会保障制度は、経済も人口も右肩上がりの高度成長期の真っただ中の1961年に実現された国民皆保険・皆年金を中核とし、公的年金や医療、介護など主に保険料で財源を賄う社会保険と税金で財源を賄う公的扶助(生活保護)を組み合わせることで、少子高齢化時代にあっても、個人が抱えきれないリスクを社会全体で管理し、なんとかサービスを提供し続けている。
一方で、社会保障制度は矛盾の塊とも言える。「医療保険」は医療サービスが受けられなければ亡くなっていた人を長生きさせる「長生きできないリスク」をカバーし、「年金保険」は「医療保険」が助けた人の「長生きするリスク」をカバーするという、真逆のリスクを補い合っているからだ。
自己崩壊する社会保障制度
社会保障制度が整備されていけば、特定の個人や集団に頼らなくても、政府が提供する公的扶助や社会保険を後ろ盾として一人で生きていくことができるので、非婚化や少子化、さらには社会との関係性の希薄化が進行する。
こうした社会的連帯からの隔絶は、政府に対する過大な要求を生みやすくもなる。社会保障制度は、一旦導入され充実していくと、少子化を進行させ、政治過程を介して一層肥大していくため、少子化によって少なくなった社会保障の支え手の生活を危うくし、さらに将来の支え手を減少させることで、自らの財政基盤を切り崩し崩壊していく特徴を持つ。実は、日本の社会保障制度は自己崩壊過程の真っただ中にある。
今、社会保障の充実が出生率を低下させているのかを確かめるために、出生率と一人当たり社会保障給付額を使って推計したところ、確かに、社会保障の充実が出生率の低下をもたらすことが確認できた。
2045年には社会保障制度のメリット消失の懸念
「高齢世代向けの社会保障を削減すればかえって子どもたちの負担が増えるだけ」という主張がある。社会保障はしばしば世代間の助け合いとされる。働けなくなったり病気がちになった高齢者を若くて元気な現役世代が助けるという趣旨だろう。
国民皆保険・皆年金、介護保険制度などの社会保障制度が整備される以前は、日本でも高齢者の面倒は家族が担っていた。しかし高度成長期を経験する中で核家族が増え、高齢者の面倒を見る若者が少なくなったので、国が営む社会保険で高齢者の面倒を見るようになった。
つまり、「高齢世代向けの社会保障を削減すれば、親の面倒を見なければならない子どもたちの負担がかえって増えるだけ」という主張が成り立つためには、家族で高齢者の面倒を見るよりも社会で面倒を見る方が低コストで済むという前提が必要だ。
今、日本全体で見て一人の高齢者を何人の現役世代で支えているか、そして社会保険が存在しない世界では子どもが親の面倒を見ることになるので、親の面倒を何人の子どもで支えるかを比較すると、現状ではかろうじて社会保障制度に分があるものの、2045年には社会保障制度のメリットがなくなってしまうことが分かる。
要するに、2045年以降の世界では、社会保障制度に頼ることで知らない親の面倒を見させられるよりも、自分の親の面倒だけを見る方が負担が少なくなる可能性もあるのだ。
もちろん、こうした見方は社会保障制度の持つ広範な機能の一部を取り上げただけであり、機械的に過ぎるきらいはあるものの、それでも社会保障制度が必ずしも優位ではないと言える。
いずれにしても、高齢者向け支出を減らすと困るのは、子どもたちではなく、高齢者の側である。だから高齢者からの反発が強いのだ。
社会保障制度はすでに私たちの生活設計に欠かせない存在となっている。それだからこそ、少子化、高齢化が加速し、現役世代の暮らしぶりが一向に良くならない中でも国が社会保障制度を維持するメリットを粘り強く国民に説き、納得してもらう努力が必要なのではないだろうか。
社会保障を削減すれば、出生数は回復するが……
社会保障の充実が少子化をもたらすということは、裏を返せば、社会保障を削減すれば子どもが増えるということでもある。ならば、いっそのこと社会保障を大胆に削減すればよいのではないか。
今、出生率と社会保障の充実度の関係式を使って、仮に一人当たり社会保障給付額を50%削減するならば、出生率(%)は10.3に回復、出生数は40.8万人増え、127.3万人となる。この水準は、バブル期の1988年131.4万人、1989年124.7万人に近い※。
※ ちなみに、1989年は、合計特殊出生率がそれまで最低であった1966年の丙午という特殊要因による1.58を下回る1.57を記録した年であり、1.57ショックとして衝撃を持って受け止められた。
このように、社会保障を削減すれば、出生数は回復する。ただし、出生率が回復するからといって社会保障給付を削減すれば途端に多くの経済的・身体的弱者が路頭に迷うことになるので、社会保障と経済・社会の最適解を見つける努力が必要であろう。
島澤 諭
関東学院大学経済学部 教授
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