独居の80代父、転倒がきっかけで介護施設へ
今回の相談者は、50代の歯科医師の安藤さんです。介護施設へ入所した80代の父親の相続について不安があると、筆者のもとに訪れました。
安藤さんの母親は10年前に他界し、父親はその後独居を続けていました。ところが今年の春、玄関先での転倒がきっかけで歩行が困難になり、いまは老人ホームへ入所しています。
安藤さんは長女で独身、都内の歯科クリニックに勤務しています。きょうだい構成は弟と妹の3人です。弟は父親が所有する土地に小さなビルを建設して会社経営をし、空いているフロアを賃貸に出して収益も得ています。安藤さんの妹はバツイチの会社員です。安藤さんも妹も都内の賃貸マンションに住んでいます。
「父は経営者でしたが、70歳で会社を売却しました。父からはそれによって数億円を得たと聞かされています。もし父の相続が発生したら、弟は実家とビルを建てた土地を、私と妹は、預貯金と有価証券を半分ずつ相続することで家族の合意が取れているのですが…」
母の相続時、なぜか妹が「いちばんおいしいところ」を…
「最近、妹の行動にイライラしっぱなしなのです」
安藤さんは唐突に話し始めました。原因は、母親が亡くなったときの相続にさかのぼるといいます。
「母は地主の末っ子長女で、祖父からとても大切にされていました。それもあって、駅前の大きな貸家を相続しました。人気エリアの駅近で、とても評価が高いものです」
安藤さんの母親が亡くなったとき、相続の手続きは父親が主導して行いましたが、なぜか妹が非常に優遇された遺産分割となっており、いちばん価値のある貸家は妹が相続することになっていました。
安藤さんは、同じような面積の別の土地を相続しましたが、こちらは立地や形状が悪くて活用できないうえ、夏には草刈りの費用まで発生します。一方、妹が相続した貸家は、安藤さんが相続した土地の10倍以上の評価で、潤沢な家賃収入があります。
父の重要書類を持ち去り、勝手に管理
「最近、弟から連絡がありまして。妹がたびたび空き家となった実家と父親の施設を往復しているそうなのです」
「母親の相続のときのように、妹が父を懐柔しているのではないかと疑っています。また妹に出し抜かれるのではないかと思うと、いてもたってもいられません」
「この間、なんとか時間を作って実家に行ったところ、父親の机の引き出しや書類棚が空っぽになっていました。恐らく妹が持ち出したのだと思います。いまから銀行口座やクレジットカードの状況を確認する方法はあるのでしょうか?」
父親は施設に入所してから、次第に認知症を疑わせる症状が現れてきたといいます。それを理由に、妹が印鑑カードや保険証などを管理していると、弟が教えてくれました。
「〈どうしてそんな大事なことを教えてくれなかったの!〉と、思わず弟を責めてしまいました。弟は〈ごめんごめん〉といっていましたが、あまりにも温度差がありまして…」
本当なら、実家そばに暮らす弟が公平な財産管理をすればいいのでしょうが、面倒がっているのが明らかで、さっぱり頼りにできません。
きょうだい間でもうやむやにせず、しっかり自己主張を
筆者と提携先の弁護士は、できるだけ早く、今後の父親のサポート体制のほか、資産内容をきょうだい間で共有・確認することをお勧めしました。生前であるため、本人もしくは本人の委任状により、取引の確認をしておくようにします。
さらに、将来的なもめごとを回避するため、母親の相続時の遺産分割も含め、公平な遺産分割案を作成し、父親に公正証書遺言を残してもらうことが望ましいといえます。
もしこの対策がうまく進まない場合は、財産管理のため、父親に後見人を立てることも検討するよう、あわせて提案しました。
きょうだい同士、ともに助け合うのが理想ではありますが、現実はなかなか思い通りにはいかないものです。安藤さんの今後の人生のためにも、妹と自分の立ち位置に線引きをしつつ、争いを起こさないよう、賢く立ち回ることが求められます。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。