子連れ離婚した二女、実家に戻り両親と同居→ひとりで介護まで
今回の相談者は、60代の今井さんです。80代で亡くなった母親が遺した遺言書について、きょうだいとトラブルになる可能性があるため相談に乗ってほしいと、筆者の事務所を訪れました。
今井さんは30代で夫と離婚しています。その後は、小学生のふたりの子どもを連れて実家に戻り、ずっと両親と同居していました。今井さんは3人きょうだいの二女で、長女の姉と長男の弟がいますが、それぞれ結婚して家を出ています。
「姉も弟も、私が実家に戻るのは大歓迎でした。将来の両親の介護を任せられると思ったのでしょうね」
「私の子どもたちは、大学を卒業して社会人になると、すぐ独立しました。そのあと、両親と私の3人の生活が長く続きました」
両親が高齢になると、いずれも介護が必要になりましたが、姉と弟は今井さんに両親の世話をすべて任せ、一切協力はなかったそうです。
父親の相続に不満を抱いた長男長女、遺留分を請求・調停へ
10年前に父親が亡くなったとき、遺言書が遺されていました。
「父の遺言書には〈家は母親と私で2分の1ずつ、預貯金は母親に半分、残り半分を子どもたち3人で等分に〉と書いてありました」
当時、自宅の土地は8,000万円、建物は500万円の評価でした。それを母親と今井さんが2分1の割合で相続し、3,000万円の預貯金は、母親が1,500万円、3人の子どもがそれぞれ500万円ずつ相続しました。
しかし姉と弟は、現金500万円だけでは少ないと怒り、母親と今井さんに遺留分侵害額の請求を起こしたのです。
家庭裁判所による遺留分の算定には3年かかり、姉と弟はそれぞれ1,000万円近い遺留分を得ましたが、母親と今井さんとは絶縁状態になってしまいました。
「全財産を二女へ」母が遺した遺言書に、嵐の予感しかない
じつは今井さんの母親は、遺留分が確定し、長女と長男に遺留分を支払ったあと、自分の死後に今井さんが困るのではないかと心配して公正証書遺言を作成していました。
今井さんの父親が亡くなり15年経過し、今度は母親が亡くなったのですが、母親の遺言には「全財産は二女(今井さん)に相続させる」とあります。遺言の執行者も今井さんです。そのため、今井さんが手続きすれば相続登記は完了でき、ほかの相続人である長女や長男の協力は必要ありません。
「母は私を気遣った内容で遺言書を残してくれましたが、今度は姉と弟からの遺留分請求が心配です」
「母が遺したこの遺言書が、再びの嵐の前触れになるのではと…」
今井さんはそう話すと、肩を落としました。
父親の相続のとき、姉と弟からは「とにかくできるだけ多くもらう」という強固な意志が感じられ、実際に3年もの時間がかかっています。今回も前回同様、絶対に請求してくるに違いないと、今井さんは懸念しているのです。
「遺留分を巡るトラブル」の可能性、極めて高く…
「遺留分」とは、相続において、亡くなった人にかかわる財産のうち、相続人それぞれが取得できる権利を侵害された場合、法定割合の半分まで請求できる権利のことです。
遺言者は、遺言により共同相続人の相続分を指定したり、遺贈により相続財産を特定の者に与えることが自由にできます。しかし、遺言で財産の処分を無制限に認めると、被相続人の遺族(相続人)の生活が保障されなくなる可能性があります。
そこで民法は遺言に優先して、相続人のために残しておくべき最小限度の財産の割合を定めてあり、それを遺留分といいます。
遺留分算定の基礎となる財産は、亡くなった人が相続開始の際に保有している財産の価額に、その贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して算定します。
遺留分の割合は、相続人が直系尊属だけの場合は、遺留分算定の基礎となる財産の3分の1、その他の場合は2分の1とされています。
ただし、遺留分の請求ができるのは、相続の開始及び遺留分を侵害する遺贈や贈与があったことを知ったときから1年以内、または相続開始から10年経過する前に請求しなければならないとされています。
なぜ「売却」が遺留分対策になるといえるのか?
母親はほとんど現預金を残しておらず、自宅が財産のすべてです。そして土地の半分はすでに今井さん名義になっています。母親の土地の持ち分の相続評価は約4,000万円、建物自体は500万円です。しかし、周辺の売買事例を見ると、同等の土地が5,000万~6,000万円程度で売買されていることから、今井さんは、路線価評価より高くなるのではと不安に思っています。
母親の生前に遺留分を減らす対策を取れればよかったのですが、母親の年齢を考慮すれば、借入をして建て替えたり、売却して住み替えたりすることは、現実的な選択肢ではありませんでした。
亡くなってからできる遺留分対策は「時価」の確定が第一だといえます。
とくに不動産の場合、評価の方法が複数存在します。不動産鑑定士が周辺の取引事例をもとに評価しても、該当の不動産の評価そのものではないことから、しばしば路線価より高額な想定価格になりがちです。そのため、実際に売却することで「売買価格=時価」を確定するのです。
今井さんの場合、土地の面積は100坪以上と広いのですが、公道に接している間口が2.5mしかないため、建物は1棟しか建たず、共同住宅も建設できないという事情がありました。そのため、路線価評価以下にしかならない、という結論になりました。
そうなると、特殊な土地の形状を考慮しない「時価」の争いになることは目に見えています。そのため、筆者と提携先の税理士は、売却して不動産価格を確定することをお勧めしました。売却して「時価」が確定することが、確実な遺留分対策になるといえます。
家を手放すのは寂しいが、何年も調停を継続するよりずっとマシ
幸い、今井さんが相続した不動産へ路線価の9割程度で売却することができ、遺留分の額も確定しました。そのうえで、遺言書があることを姉弟に知らせていくことになったのです。
今井さんのいちばんの心配事である「遺留分」について、争う余地がない準備が完了したのです。
「父の遺産を争ったあの状況がフラッシュバックして、本当に泣きそうでした。早く売却しなければと、焦る一方でしたが、売却できて心底ホッとしました…」
遺留分を巡る親族間のトラブルは、あとを絶ちません。今井さんのケースのように、相続財産が不動産のみの場合は、価格を巡って激しい争いが展開されるリスクもあるため、注意が必要です。長年住み慣れた家の場合、売却・住み替えの決断が必要ですが、不動産価格の算定のために何年も調停をおこなうことを考えれば、「時価」を確定するメリットは大きいといえるでしょう。
※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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