今回は、厳格な法的規制のもと、FinTech事業をどう展開するのかを見ていきます。※本連載は、西村あさひ法律事務所の有吉尚哉弁護士、本柳祐介弁護士、水島淳弁護士、谷澤進弁護士の編著書籍、『FinTechビジネスと法 25講』(商事法務)の中から一部を抜粋し、近年、大きな注目を集めている「FinTech」の概要や関連法制について紹介していきます(本稿は、上記書籍の1講の抜粋です)。

FinTech企業への投資を活発化する企業も増加

前回の続きである。

 

このように世界的にFinTech が勃興をみせる中、近時わが国においてもFinTech の流れが起こりつつある。

 

わが国においては、長期化する政府の低金利政策や人口ピラミッドの変化に伴う年金制度破たんリスクなどから、従来の貯蓄投資配分や投資の手法が見直されるべき時期に来ているものと言え、こういった社会状況がFinTech領域の成長の素地を構成しているものと言える。そして、近時の社会全体としてのベンチャー企業への注目度がさらにそれを後押ししているように思われる。

 

実際に、FinTech のいくつかの分野でスタートアップ企業が出現しており、投資テーマにFinTech を掲げるベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタル(事業会社の自己資金による投資活動組織)が立ち上げられ、そのほか事業開発としてFinTech 企業への投資を活発化する企業も増加しつつある。

 

わが国においてFinTech 分野の投資は2013 年には約2,600 万ドル、2014 年には約5,400 万ドルといわれており(アクセンチュア/CB Insights)、前述したグローバルでの投資額と比べるとかなり少額ではあるものの、2012年以前にはFinTech 分野への投資はほとんど行われていなかったのに比してその差は歴然である。

 

また、百年以上にわたり金融ビジネスの本丸を支えてきた金融機関も、自社内におけるFinTech 関連の新技術・ビジネスの研究所の設置、また、コーポレートベンチャーキャピタルやFinTech 特化ファンドの立上げを通じFinTech 分野への積極姿勢を示している。

 

さらに、政府の動きをみると、2015 年12 月には金融庁がFinTech サポートデスクを開設し、また、銀行によるFinTech 系企業への積極的な資本参加を許容する銀行法等の改正法案が2016 年度通常国会において提出され、5月25 日に成立している。これらは政府によるFinTech 領域振興へのコミットメントのあらわれと言える。

厳格な法規制の主旨を理解したうえで新事業の構築を

金融サービス事業が重度に規制された事業領域であることは言を俟たない。

 

一方で、FinTech にカテゴライズされる事業は、その定義からして従来の事業モデルを非連続的に変更するものであり、事業モデルの根本に関して参照すべき前例が存在せず、あるいは、そもそもそのような事業態様を既存の法制度が想定していないというケースも多い。

 

そのため、FinTech ビジネスの多くのケースにおいて、既存の法規制や規制実務上の取扱いが事業の大きなハードルとなってしまう(この点については本書『FinTechビジネスと法 25講』の第2講、第3講、および本書の各講で詳述する)。

 

筆者も分野は異なるが規制業種のスタートアップ企業を運営した経験があり、規制のありようはその時々の技術や社会のありように応じて変容していくべきであると考えている。

 

しかし、金融資産という個人または企業にとってきわめて重要な権利・資産を取り扱う事業であること、システミックリスクの存在、社会インフラとしての公共性など、金融サービスの領域はその根本的な性質から、顧客の権利保護、市場の公正性の確保、金融の円滑化、金融機関の健全・適切な運営、それらを確保するための適切なプロセスの設定のための十分に行き届いたルール作りが特に強く要請される領域であると言え、厳格な法的規制が存在すること自体はごく合理的なことであると言うべきである。

 

同時に、個々の事業者からみても、不誠実なアクションを取るプレイヤーの存在による市場全体の信用の低下やプレイヤーの逆淘汰などの防止のためにも、規制は積極的な意味を有していると言えよう。規制は1 つには事業のボトルネックとなるが、同時に参入障壁として差別化要因を構成し、また、不当なプレイヤーのネズミ返しとしても機能する。

 

重要なのは、そういった法規制の趣旨・大義といったものを理解した上で、リアリティのある事業を構築していくことだと思われる。それにより規制の趣旨・大義に即しつつも全く新しいモデルを構築することこそが真に「社会を変える」、「社会を良くする」新たなビジネスであると言えるのではないだろうか。

サービスの法的枠組みのデザインも重要なファクター

具体的には、前項までで述べた、①従来存在しなかった形での金融商品やサービスの提供というFinTech の性質に照らすに、新規事業構築のためには、法的な戦略やビジネスモデルデザインを駆使することが不可欠である。

 

たとえば、前例のない中で可能な限りアナロジーとしての既存事例を調査し、それに基づく事業構築・当局とのコミュニケーションを図ること、規制が真に保護しようとしている対象者・権利内容(いわゆる「保護法益」と呼ばれるもの)を十分に理解し、新規のアプローチを採るがゆえに発生する懸念を別の方法・視点で除去できるように事業モデルを構築していくこと、さらには、能動的アクションとして法律や取扱いの社会状況・技術状況に即した変更を求めていくことが重要ではないかと思われる。

 

また、②これまで金融サービスにアクセスのなかった顧客層へのサービスを追求するというFinTech の別側面から、従来より金融に慣れ親しんできた顧客層を対象とする従来型の金融サービスと同等かそれ以上に顧客保護の観点からのコンプライアンス体制の構築が重要となってくる。

 

さらに、そういった顧客に対しサービスを訴求するためには、いかに顧客への間口を広げる形でサービスを構築するかが重要ではないだろうか。その観点からは規制・法律の対応・遵守はあくまでも最低条件にすぎず、そこから進んで、サービス内容や契約条件のわかりやすさの確保、公平性やコンプライアンス遵守体制・姿勢の明示など、顧客の不安を除去し間口を広げるという意味でのサービスの法的枠組みのデザインも重要なファクターとなってくるものと思われる。

 

こういった意味での法律面の対応は多分に戦略的なアクションで、バックオフィス業務としての事務対応・管理ではなく、収益モデル構築のための重要なエレメントであり、ある種設備投資のようなものとして位置づけるのが適切ではないかと思われる。

本連載は、2016年7月15日刊行の書籍『FinTechビジネスと法 25講』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

FinTechビジネスと法 25講

FinTechビジネスと法 25講

有吉 尚哉,本柳 祐介,水島 淳,谷澤 進 編著

商事法務

西村あさひ法律事務所所属の弁護士が、「FinTechビジネス」のさまざまな分野ごとに概要を紹介しつつ、それらのビジネス遂行上に必要な法令の基礎知識・適用関係を、平成28年5月25日に成立した改正Fintech関連法も踏まえて解説…

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