新規技術を利用した金融サービス関連事業
筆者はさまざまなFinTech系企業をサポートさせていただいているが、金融法規制についてはその専門家である本書の他の執筆者と協力して支援をさせていただいており、筆者自身は事業遂行の戦略設計を専門としている。
そのため、本講では導入として詳細な法的議論はひとまず措き、一事業領域としてFinTechを概観しつつ、FinTechを考える際に避けては通れない法規制に対する取組方について述べさせていただきたい。
なお、現在この分野ではごく短期間のスパンで新しいビジネス・サービスが生み出され、また、既存プレイヤーの事業のピボットもしばしばみられるため、本書執筆時点の個々の企業名やサービスの内容を網羅的に挙げる意義は必ずしも大きくなく、基本的にはこういった情報については新聞やオンラインメディアなどのリアルタイムメディアに譲りたい。
FinTechという言葉は「Finance」と「Technology」を組み合わせた造語であり、厳密な定義はないが、広く解すると、新規技術(ビジネスモデルを含む)を利用した金融サービス関連事業といったところかと思われる。この言葉自体は、何らかの許認可・規制に紐付いているわけではなく、あくまでも他事業分野で技術革新を起こしてきた技術が金融サービス分野に流入しているという昨今の大きな現象を示す語といった方が適切ではないだろうか。
2011年、筆者が米国スタンフォード大学のビジネススクールの学生であった頃には「FinTech」という言葉はすでに当たり前のように使用されていた。実際に当時同級生で自らの立ち上げた企業をFinTechとして紹介し、資金調達にいそしんでいた者もいた。
また、今日ではFinTech企業としてカテゴライズされるであろうペイパルは1998年に設立された会社であり、すでに2002年にはイーベイに買収されている(その後2015年にイーベイからスピンオフし2016年現在はナスダック上場会社である)。
また、個人向け金融資産管理サービスを提供するミントは2006年に設立され2009年にはインテュイットに買収されている。ロボアドバイザリーのサービスを提供しているベターメントは2008年に設立された会社であり、本書執筆時点直近の資金調達の際の企業価値評価は7億ドルといわれている。これらの企業はすでに「スタートアップ」の域を超えた大企業・事業体となっている。
急激な増加を見せるFinTech企業への投資額
このようにFinTechは総体としてはすでに新規事業領域ではないが、過去数年において、FinTechは加速の一途を辿っている。その背景には、リーマンショックを経験したことで個人投資家の嗜好が従来型でない金融商品やサービスにシフトしてきていること、テクノロジーの進化に伴い金融とITやAIを融合したさまざまなサービスが実現可能となってきていること、そして、スマートフォンの普及が一般消費者のインターネットへの間口を大きく広げ、結果的にマスへの訴求が容易となったことなどが挙げられる。
さらに、米国、イギリスをはじめとする各国の規制緩和の流れや初期のFinTech企業の成長・成功もあり、近年頓に全世界レベルでFinTech領域への注目度が上昇している。米国、ヨーロッパ、そして中国では多数のFinTech企業が出現し多数の大規模企業投資が行われている。たとえば投資額でみると、2014年のFinTech企業への投資額は全世界で約120億ドルといわれており、2012年の約20億ドル、2013年の約40億ドルから年々急激に増加してきている(アクセンチュア/CB Insights)。
また、このようにFinTechの領域は主にスタートアップ企業によって牽引されていると言えるが、最近ではグーグルやアップル、アマゾンなどの金融セクター以外の大企業がその技術、プラットフォーム、商流、顧客ベースなどを利用してFinTechの領域に乗り出してきている。
こうした動きに伴ってFinTech領域は、①従来なかった形での金融商品やサービスの提供、②(いわゆる「Unbanked」、「Underbanked」といわれるセグメントを含めた)これまで金融サービスにアクセスのなかった顧客層への金融サービスの提供など、金融サービスの地平を劇的に拡張しつつある。