(※写真はイメージです/PIXTA)

幼いころの両親の離婚で、父親の顔を知らずに育った男性。ある日、司法書士からの突然の連絡で、父親が亡くなり、相続が発生したことを知らされます。母親と別れたあとの父親の人生を知ることになり、複雑な思いでしたが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

顔も知らない父の「相続」の知らせ

今回の相談者は、40代会社員の山口さんです。生き別れの父親の相続の連絡を受け、相談に乗ってもらいたいと、筆者の事務所を訪れました。

 

山口さんの両親は、山口さんが1歳のころに離婚しました。母親に引き取られた山口さんは、その後、母親の実家で祖父母と同居していました。母親は再婚することもなく働きどおしで、山口さんが成人する前に、過労が原因で亡くなりました。その5年後、祖父母も相次いで亡くなり、山口さんは天涯孤独となりました。

 

「母から父の話を聞かされたこともなく、自分の父のことは何も知らないまま成人して、これまで過ごしてきました」

 

「ただ、母の死後に祖父母から聞いたところによると、母は父のもとから追い出されたような格好で、養育費なども一切なかったそうです」

 

ところがこの春、山口さんのもとへ突然、司法書士から書類が送られてきました。そこには、父親が亡くなったこと、父親には再婚した妻と子どもが2人いることなどが書かれていました。

 

「父親は遺言書を残していなかったそうです。私にも相続人としての権利があること、それから、遺産分割協議に協力してもらいたいとも書かれていました」

 

「顔も知らない人と接点を持ちたくないという思いがある一方で、最低限のものは受け取ろうかという思いもあり…。いまとなっては、祖父母から聞いた話が本当かどうかも知るすべはありません。もしかしたら、父を恨むのは筋違いなのかもしれませんし…」

 

気持ちが揺れ動いて、まったく整理がつかないということでした。

「いくら権利だからといって、お金をもらうのは…」

筆者と提携先の税理士は、山口さんの話に耳を傾けていましたが、いずれにしろ財産の内容がわからないと判断しにくく、まずは山口さんに司法書士への確認をお願いしました。

 

その後の先方の司法書士の回答によると、山口さんの父の遺産の内訳は、自宅と預貯金で合計4,200万円。相続人は、いまの妻と子ども2人、そして山口さんの4人。基礎控除は5,400万円で、相続税がかからない範囲に収まっています。山口さんの法定相続分は700万円です。

 

「私は仕事をしていて生活に困っていませんし、今回の相続はまったくの想定外の出来事です」

 

「いくら権利だからといって、見知らぬ相手からお金を受け取るのはどうなのか…」

 

筆者が「よく考えて、悔いが残らない判断をなさってください」とアドバイスすると、山口さんは、いったん話を持ち帰ることにして、事務所をあとにされました。

 

それから1週間後、山口さんから筆者のもとに電話がありました。

 

「やっぱり、相続しようと思います」

「きょうだいの生年月日を知りました」

事務所を訪れた山口さんから、筆者と税理士は事情を聞きました。

 

「先方の司法書士の方とのやり取りを通じて、きょうだいの生年月日を知りました。長男は私と同い年でした。やっぱり、祖父母の話は正しかったのですね」

 

「母は毎日働きづめで、本当に大変そうでした。ですが、母はだれにも愚痴をこぼしませんでした。母がどんな思いで私を育てたのだろうと思うと…」

 

そのようなお考えがあるのであればと、筆者からは、法定割合の権利を現金で相続することをお勧めしました。

 

父親の財産に預金がない場合、不動産を相続する後妻に「代償金」として自分の現金を出してもらう方法が取れますので、それによってめどがつきます。

 

ただし、これまでの状況を考えると、手続きはお互いに顔を合わせて行うのではなく、間に専門家を入れて会わずに遺産分割協議書を作成する方法を取るのがいいでしょう。

 

家族関係が複雑な場合には「会わない」というのも重要な選択肢となります。顔を合わせることで、過去の出来事や問題が再燃し、双方がいい感情にならないケースが少なくないからです。そのため、間に入る専門家の配慮が必要です。

 

相続は長年の溝を埋める機会にはなりにくいため、最小限の接点ですませる配慮が重要なのです。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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