共同経営者の夫の逝去で、妻が「自分の預貯金」を心配したワケ
今回の相談者は、60代の石川さんです。会社を共同経営していた夫が亡くなり、相続について相談したいということで、筆者の元を訪れました。
石川さんの夫の相続人は、妻である石川さんのほか、長女と二女の3人です。長女は結婚して家出ており、会社員として働く独身の二女は、都内でひとり暮らしをしています。
亡くなった夫の財産は、1階を作業場にした築古の自宅と預貯金で、合計8,000万円程度です。石川さんが相続して配偶者の特例を適用すれば、納税は不要です。
ところが、石川さんが心配しているのは「自分の預貯金のほう」だといいます。
石川さんは夫の四十九日を待たずして、仕事仲間から紹介された税理士に相続の相談をしたのですが、そこで税理士が着目したのが、石川さんの預金と子どもの名義預金でした。
「先に相談した税理士の先生に、社長は夫なのだから、妻のお金は名義預金と指摘され、相続税の課税対象だと断言されたのです」
石川さんはいら立ちを隠せない様子でした。
難病の夫に代わり、ビジネスを切り回してきた妻
石川さん夫婦は、30年前に自宅の1階で製造業をはじめました。取引先に恵まれ、当初は従業員を雇うほど利益が出ていましたが、開業から10年ほどで夫が難病を発症。石川さんは夫の病院への付き添いや子育てがあったことから、夫が不在でも切り回せる程度に、泣く泣く事業規模を縮小しました。
一時は回復に向かった夫の体調ですが、その後再び悪化。ついには入退院を繰り返すようになったことから、3年前に廃業しました。仕事の作業場も、当時のまま埃をかぶっているといいます。
「機械が動いているときは、本当に大変でした。熱のこもる作業場で油まみれになりながら、朝から晩まで必死になって仕事していましたよ」
廃業時、残ったお金は夫婦でほぼ半分にして清算しました。
石川さんは、長年の会社経営で得た役員報酬と清算金で、夫以上の預金を残しており、自分と子ども名義の預金に分けて所有しています。
「税理士の先生は、私や子ども名義の預金もすべて、夫の相続財産として申告する必要があるというんです。そんなことってありますか? 私が働いて稼いだお金ですよ!」
石川さんのお話の通りであれば、体調を崩したご主人に代わり、石川さんが中心になってビジネスを回してきたわけですから、ご主人以上の預金を残していても不自然ではありません。
とはいえ、夫婦で会社経営をしていれば、当然ですが、収入は夫だけのものではありません。実情に合わせて判断をしていくことになります。
「これからは〈自分時間〉を楽しんでいきたい…」
筆者と提携先の税理士は、石川さんに会社経営にまつわる各種資料を見せてもらいました。その結果、石川さんと子どもの名義預金は石川さん自身の預金であり、ご主人の相続財産ではないため申告は不要だと判断。その旨を石川さんに説明しました。石川さんも腹落ちした様子で
「当たり前ですよね! これでスッキリしました」
と、笑顔を見せてくれました。
石川さんは、これまでの人生の多くを機械音の響く仕事場で過ごしてきたことから、これから先は、好きな草花を育てながら、自分好みの家でゆっくり過ごしたいと考えているといいます。
「大きな窓のあるお家で、かわいい猫を飼って、庭に咲くお花を眺めながらゆっくり紅茶とケーキを楽しみたいです」
打ち合わせのなかで、石川さんはそうつぶやきました。
石川さんから子どもたちへの相続時は、節税対策が必要です。そのためにも、石川さんに住み替えを提案したところ、非常に前向きに検討することになりました。
その後、石川さんから連絡があり、いまは自分好みのマイホームを手に入れるべく、娘さん2人と一緒に物件巡りをしているといいます。
「主人を亡くしたのは本当につらいですが、今こうやって自由に過ごせることに感謝しています。これからは〈自分時間〉を明るく楽しく過ごしていきたいです」
「病気の主人を支えて、ひとりで娘2人を育てて、本当に大変でしたが…。神様がくれたごほうびなのかな」
筆者と事務所のスタッフは、石川さんの相続が無事に着地したことを見届けたのち、人生の新しいステージを応援し、見守っています。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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