(※写真はイメージです/PIXTA)

父親の相続をめぐる母と妹たちのいさかいに巻き込まれてしまった、ある男性。妹たちに腹を立てていたはずの母親は、些細なきっかけで男性のもとを離れ、連絡が途絶えてしまいます。心配していた男性ですが、思わぬ人から母親に関する驚愕の情報を聞くことになり…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

母と妹2人の相続争いに、疲労困憊の兄

今回の相談者は、50代会社員の鈴木さんです。10年前の父親の相続で揉め、その問題がいまも尾を引いて悩んでいるとのことで、筆者の事務所を訪れました。

 

鈴木さんの家族構成は、両親と2人の妹です。亡くなった父親は、数千万円の金融資産のほか、自宅とアパート1棟を保有していましたが、遺言書は残しませんでした。

 

鈴木さんと母親は、法定割合に近くなるよう、自宅不動産と収益の得られるアパートを母親名義にしようとしましたが、2人の妹は収益のあるアパートを欲しがり、母親とトラブルになってしまいました。

 

結局、母親6割、妹2人が2割ずつでアパートを共有し、数千万円の預貯金や有価証券も、母親と妹たちで分割。鈴木さんは、母親が暮らす自宅のみ相続しました。

 

「腹を立てた母親は、妹2人のことを悪しざまにののしっていました。私と妻はさんざん妹たちの悪口を聞かされましたが、よほど腹に据えかねたのだろうと思い、黙って話を聞いていたのですが…」

 

鈴木さんの母親は、この件から「自分の相続時には揉めないよう、遺言書を残したい」といって、鈴木さんに準備を依頼し、作成しました。

 

「母は〈自分の財産はすべて長男に残す〉という内容の公正証書遺言を作成したのです。父の相続で、妹たちには十分すぎる財産を渡したから、ということでした」

長男夫婦に腹を立てた母がとった、あんまりな行動

それから数年後、年齢を重ねた母親はめっきり体が弱ってきました。しかし、会社員の鈴木さんは、母親が望むようなきめ細かい対応ができません。鈴木さんの妻もサポートしてくれますが、妻も会社員として勤務しており、限界があります。

 

「母は妻に向かって〈まともに手伝えないなら、さっさと仕事をやめろ〉などと暴言を吐くようになりまして。それで私が〈いい加減にしてくれ〉と怒ったのです」

 

すると、腹を立てた母親は行動に出ました。作成していた遺言書を書き換え「遺産は平等に相続させる」という内容に変更したというのです。

 

「遺言書の書き換えについて話す母親は、まるで鬼の首でも取ったかのような態度でした。私が〈これだけ迷惑をかけていて、どういうつもりか〉と詰め寄ると、電話で妹たちを呼び出し、そのまま3人で家を出て行ったのです」

 

「ちょっと思い通りにならなかっただけで遺言書を書き換えたり、妹たちに近づいたりと、母の行動にはあきれましたね…」

 

鈴木さんはそれ以降、母親の面倒を妹たちに任せることにして、関与するのをやめました。

父方従兄弟から偶然聞いた、母の現在

しかし、それからわずか2カ月後、下の妹から連絡がありました。母親が転倒して腰を痛めたので、介護施設に入れるという報告でした。

 

電話のあと、鈴木さんはすぐ実家に向かいましたが、すでに空き家になっており、荷物もすべて運び出されていました。

 

その後、再三にわたって妹たちに入所先施設を尋ねても回答はなく、何もわからないまま数年が経過しました。

 

あるとき、鈴木さんのもとに父方の従兄弟から電話がありました。亡き父親の弟にあたる叔父が亡くなったとの連絡で、電話口でお悔やみを伝え、葬儀の日程を尋ねたところ、驚くべき話を聞かされました。

 

「〈伯父さんの葬儀は盛大だったけど、伯母さんは家族葬だったものね。父も伯母さんと同じく家族葬にするから、参列しなくて大丈夫〉と…」

 

「驚いて〈どういうこと?〉って聞き返すと、従兄弟も私の状況が理解できなくて、お互いに言葉に詰まってしまいましたよ」

 

鈴木さんは父方の従兄弟から聞いた話の流れで、母親が去年亡くなっていたことを知ったのでした。妹たちは、兄である鈴木さんに、母親の死を知らせていなかったのです。

 

鈴木さんは翌日すぐ、隣県にある父親の墓に向かいました。すると、そこの墓石には、新しく刻まれた母親の名前があったのです。

 

「あの時の気持ちは、言葉にできません。とにかく腹が立って腹が立って…」

「よくわかりました。もう二度と会いません」

鈴木さんの依頼は、母親の相続について、いまからできることはないか教えてほしいというものでした。

 

そこで、筆者の事務所の提携先の司法書士が登記簿を取り寄せたところ、母親の財産は、母親の生前、すでに妹たちへ贈与されていました。

 

「財産まで移していたなんて…」

 

鈴木さんは唇をかみました。

 

「母と妹たちの考えは、よくわかりました。もう二度と会いません」

 

鈴木さんは声を震わせると、頭を下げて事務所をあとにしました。

 

筆者も事務所スタッフも、あんまりな状況に心配をしていましたが、数週間後、鈴木さんから連絡がありました。

 

財産の贈与がわかりすっきりしたこと、妹たちと今後一切接点を持たずに生きると決めたことを、伝えてくれました。

 

今回は、母親の居場所も、亡くなったことも実の兄に知らせないという異常なケースでしたが、おそらく、他人には理解できない感情のもつれがあったのだと思われます。権利の侵害を訴えるという選択肢もありますが、鈴木さんのように「あきらめ、離れる」というのも、心の平穏を得る有益な方法だといえます。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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