(※写真はイメージです/PIXTA)

資産家の父が亡くなり、相続が発生。きょうだい3人ほぼ均等の遺産分割内容に感謝したものの、納税資金が数千万円単位で不足する計算となり、騒然。遺言作成を請け負った先は「そんなものですよ」と一笑に付しますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

資産家の父が「遺言書の作成」を依頼していた先

今回の相談者は、50代会社員の三浦さんです。半年前に亡くなった80代の父親の相続について非常に困っているため相談に乗ってほしいと、筆者の事務所を訪れました。

 

父親の相続人は、長男の兄、長女の三浦さん、二女の妹の3人です。母親はすでに亡くなっています。

 

「父が亡くなったあと、兄から信託銀行で作成した公正証書遺言の存在を聞かされました。遺言執行者も信託銀行になっているのですが…」

 

遺言書の作成費用に100万円、ほかにも年間の保管料の支払いがあり、父親が亡くなったことで遺言執行料も必要といわれ、この時点ですでにトータル700万円の費用が発生しています。

 

「実は、遺産分割と相続税の納税に、大変な問題がありまして…」

父親の財産はおよそ7億円、そのうち8割が土地

父親の財産はおよそ約7億円で、預貯金のほか、自宅、駐車場、貸宅地があります。トータルで見ると、土地が財産の8割を占めています。母親はすでに亡くなっているため、配偶者の特例は使えませんが、同居の兄が自宅を相続することで、500坪の自宅敷地については、330㎡までを80%減額できる小規模宅地等の特例が使えます。

 

相続税は財産のおよそ30%。税理士事務所の説明によると、2億3,000万円超と高額です。相続税の申告は、毎年の確定申告を担当している税理士事務所が担当しますが、公正証書遺言の作成も、この税理士事務所が父親との間を取り持ったということでした。

 

肝心の遺言書の内容は、下記のようになっていました。

 

●自宅は長男が相続

●貸宅地は長女(三浦さん)と二女が相続

●300坪の駐車場は3人で共有

●金融資産は3等分

 

これらの内容から、小規模宅地等の特例を適用した評価でほぼ3等分されていることが見て取れました。

 

「父は、長男の兄だけでなくて、私と妹にも財産を残そうとしてくれました。その点は大変ありがたいのですが…」

 

実は、そこに大問題が潜んでいました。

 

相続税の申告を引き受けた税理士事務所の計算によると、現状では1人あたり約7,800万円の相続税がかかります。しかし、預金は1人あたり約2,000万円しかない状況です。残る5,800万円を捻出するには、貸宅地と駐車場を売却するしかありません。

「自宅以外の土地は全部売却」…それでも納税がおぼつかない

申告期限が迫るなか、2億円を超える納税が必要な一方で、現金は必要額の1/3しかありません。ただでさえ売却しにくい貸宅地を手放すことが必要となるほか、長男も駐車場を売却しないと納税が不可能です。つまり、自宅以外の土地は全部売却しなければ納税できません。

 

「信託銀行は、300坪の駐車場と5カ所の貸宅地の売却先を探していました。駐車場は1億円で売れそうなのですが、譲渡税を払うと手取りは1人2,500万円程度になってしまいます。この点はまあ、致し方ないのでしょうが…」

 

三浦さんはいら立ちを隠さずに言葉を続けます。

 

「5カ所の貸宅地の土地評価が1.5億円なのに、信託銀行は〈3,000万円でしか売れない〉というのです。それでは、妹とふたりで分けると手取りは1人1,000万円程度ではないですか!」

 

測量費用などもかかるとなれば、土地の売却で1人5,000万円程度しかならず、相続する預金を合わせても足りません。

 

信託銀行に言われるまま売却したところで、3人でなお2,000万円以上が不足する計算になります。

確かに底地は売りにくいが、それにしても…

三浦さんの父親が所有している土地は、父親名義ではありますが、それを貸して地代を得ており、建物は借地人が建てています。このような土地は借地人の権利があり、エリアによって割合が異なりますが、父親の土地の場合「借地権」が60%であるため、「底地」となる父親の権利は40%なのです。そのため、相続税は土地評価の40%を「底地権」として申告しなければなりません。

 

底地を売却する場合、買主の第一候補者は借地人ですが、購入したくても資金がない、そもそも購入する気がない、といったケースも十分考えられます。そのような場合、賃貸物件として投資家や不動産会社が購入して保有するのですが、地代が安かったりとすることから、地代の利回りをもとに価格算定すると、相続評価を下回ることもあります。

 

しかし、それでも相続評価の2割となると、納税にも足りません。このままなりゆきで信託銀行に任せていては、納税できないばかりか、かろうじて父親の家は残るものの、三浦さんと妹は多額の負債を背負うことになります。

 

筆者と提携先の税理士は、依頼のメリットなしと判断し、遺言執行者から降りてもらうようアドバイスしたうえで、改めて資金計画から立て直すことになりました。

 

「底地の件について、信託銀行の担当者に聞いたのですが〈基本的に二束三文ですよ〉〈あきらめて税金を払ってもらうしかないですよ〉と、ヘラヘラ笑いながら話すんです。遺言書の作成時から立ち会ってきた兄は、その発言で激怒してしまいました」

適正価格での購入希望者出現に安堵

信託銀行と税理士事務所の契約を打ち切り、貸宅地の売却活動を始めたところ、すぐに、信託銀行の提示額の3倍以上の価格での購入希望者が見つかり、契約が成立しました。しかし、それでも相続評価の70%程度です。そのため、筆者の提携先の税理士から、相続税の申告の際、売買価格を時価として申告するよう提案をおこないました。

 

また、きょうだいで共有することになっていた駐車場も、信託銀行の提示額の倍で売却が決まりました。

 

三浦さんきょうだいは、今回の結果に胸をなでおろしていました。

 

もし、当初の依頼通りに手続きを進めていたら、財産が残らないどころか、納税のための借入だけが積みあがる、きわめて残念な結果になったはずです。

 

7億円も財産があるのに借入しか残らないと聞けば、不思議に思うかもしれませんが、相続税の課税額に見合う価格で売れなければ、そのような事態は起こってしまいます。

 

しかし、できるだけ高く売却し、相続税の負担を減らせる時価申告をするなどの工夫ができれば、価値ある結果に導けます。相続において不安がある場合は、できるだけ早く対策を立てて、軌道修正することが重要です。
 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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