意識の戻らない母を、ひときわ心配していた父が…
今回の相談者は、40代会社員の山田さんです。70代の父親が急死したことで、相続が大変なことになってしまったと、筆者の事務所に駆け込んできました。
「母のことにいちばん心を痛めていた父が、急死してしまったのです」
山田さんは2人兄弟の長男で、3歳下に弟がいます。山田さんの父親は地主の家系の長男で、資産総額は3億円を軽く超えます。なかでも不動産を多く保有しており、それらを活用して豊かな老後生活を送っていました。
山田さんの母親は、2年前に脳梗塞を発症し、一度は退院したものの、半年前に起こした2度目の発作で意識不明になってしまい、いまは隣駅の病院に入院しています。
「私たち家族は、亡くなった父も含めて、母親の状態ばかり気にかけていました。父はとても元気な人で、これまで大きな病気をしたこともなく…。まさか父が先に亡くなるとは思っていませんでした」
「相続手続きは、父が普段から確定申告を依頼していた税理士事務所に依頼しました。一度は了承したのですが、なかなか手続きが進まないうえ、レスも極めて遅く、しびれを切らして詰め寄ったところ〈もっと時間が必要だ〉といわれたため、見切りをつけてこちらから断ったのです」
しかし、これで数カ月をロスしたあと、心当たりのないまま相談先探しを行ううち、ついに申告期限まで1ヵ月となってしまいました。
「判断能力のない相続人」がいる場合はどうしたら?
筆者と提携先の税理士は、申告期限まで期日が迫っていたことから、山田さんに、まずは未分割(法定割合)による相続税の申告、同時に延納手続きを提案しました。山田さんもそれに納得し、了承しました。
延納とは、相続税が一度に支払えない場合に分割で支払う制度です。この方法は、いくつかの条件を満たす必要があり、延納利子税もかかります。しかし、今回のケースでは、いったん相続税申告をすませてから遺産分割協議をおこない、改めて更正の申告をする段取りの方がよいと判断しました。
また、意識不明で入院している母親には判断能力がありません。そのため、遺産分割協議をするには家庭裁判所に成年後見制度を申立て、後見人を選任するなど時間的余裕を作る必要がありました。
これは、本人の判断能力がほとんどない場合などにおいて、本人に代わって判断する人を決めてもらう制度です。財産をはじめとする重要な判断が必要になるため、山田さん本人が後見人として申立しました。
ただし、相続人のなかに後見人と被後見人がいる場合、遺産分割協議が利益相反為となってしまうため、後見人は被後見人のために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければなりません。特別代理人は、被後見人に代わって相続人の分割協議に参加し、分割協議書に署名、捺印することになります。
相続手続きは時間勝負…最初から専門知識のある先へ依頼を
「私も弟も、まさか父親が先立つとは思ってもみませんでした。相続の手続きをしようにも、あっという間に時間が過ぎてしまいまして…。しかし、延納手続というものがあって、本当にほっとしました」
「これから弟と相談しながら、遺産分割協議を進めていきます」
そういうと、山田さんは安堵の表情を見せてくれました。
相続税の申告期限は、相続発生から10ヵ月です。十分な時間があるように思いますが、実際はやることが多く、のんびりしている時間はありません。申請や手続きは、できるだけ速やかに進めることが重要なのです。
税理士等の専門家に手続きを依頼する場合も注意が必要です。相続関連の税務は特殊なので、企業の財務や不動産運営などを専門に扱っている税理士の場合、専門外を理由に断られたり、引き受けても、節税等に満足な結果が得られなかったりということもあります。相続の知識を持つ税理士等を探すことが大切です。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。