(写真はイメージです/PIXTA)

消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、7ヵ月連続で前年比プラスの上昇率となりました。今後、広範な品目の価格上昇を通じて、消費者物価が持続的に上昇する環境に変化するのでしょうか。本稿ではニッセイ基礎研究所の山下大輔氏が、日本の消費者物価の今後の動向について考えます。

2―エネルギー価格上昇は全般的な物価上昇につながるか

一般に、現在の物価上昇率(インフレ率)は、景気要因(GDPギャップ、失業率など)と将来予想される物価上昇(予想インフレ率)により決まるとされている。この関係はフィリップス曲線と呼ばれる。また、開放経済を考えた場合には、これに輸入物価上昇率が要因に加わると考えることもできる(渡辺(2016))。

直観的には、景気が良くなれば需要増加による需給ひっ迫で物価の上昇圧力が働きやすくなるだろう。また、予想インフレ率とは文字通り人々が予想する将来のインフレ率のことであるが、将来の物価上昇が予想されれば、それを踏まえた賃金や価格の設定が行われることを通じて、現在の物価に影響を与えることになる。

 

予想インフレ率の上昇は、フィリップス曲線を上方にシフトさせる要因となる。

 

資源価格高騰や円安による輸入物価の上昇は、価格が高騰した輸入品が最終財である場合には直接的な国内価格上昇となる。また、高騰した輸入品が原材料や中間財の場合には、企業が生産コスト増を国内価格に転嫁するかどうかに依存するものの、原油とガソリン、電気代・ガス代のように、価格が高騰した輸入品と国内価格に直接的な関係がある財の場合には同様に国内価格上昇につながる。

 

(1)景気要因

現状を考えると、まず景気要因については、コロナ禍での大きな落ち込みからの回復過程では、消費者物価の上昇圧力につながることが予想される。

 

ただし、景気要因の物価への影響は90年代後半以降弱まっている(フィリップス曲線がフラット化している)とされており、景気要因による影響はそれほど大きくならない可能性が高い。

 

確かに、半導体や部品の不足といった供給制約の影響が加わることにより、需給バランスがひっ迫した際には、これまでよりは物価上昇圧力が強まりうるが、日本企業の価格設定行動として、供給制約に直面した際に、顧客に価格引き上げではなく、納期の延長を提示する傾向が強いとされており(黒田(2021))、その傾向が続く限りは、需給ひっ迫による物価上昇圧力は大きくならないだろう。

 

 

(2)エネルギー、円安

また、現在の消費者物価の上昇は資源価格高騰による輸入物価上昇に由来する。ロシアによるウクライナ侵攻により、原油価格は一段と上昇している。

 

また、このところの円安の進行は、契約通貨ベースよりも円ベースの輸入物価の上昇度合いを大きくしている。品目別にみると、「石油・石炭・天然ガス」などの契約通貨の外貨比率が高い品目ほど、円安による上昇度合いが大きくなる。

 

そのため、原油価格などの資源価格の高騰による国内エネルギー価格への影響は円安により更に大きくなるだろう。

 

ただし、これらの価格が今後高止まりしても、上昇し続けない限りは、資源価格の高騰による直接的な物価上昇はあくまで一時的にとどまることになる。また、このところの円安の進行は円建ての輸入物価の上昇要因となるが、円安が長期間にわたり大きく進行し続けない限り、一時的な影響にとどまる。

 

 

 

 

(3)予想インフレ率

では、エネルギー価格の上昇による生産活動のコスト増は最終消費財に価格転嫁され、幅広い品目での物価上昇につながるだろうか。ここで重要になるのは、将来の物価上昇の予想(予想インフレ率)、企業の価格設定行動、消費者の価格引き上げに対する態度である。

 

1) 予想インフレ率
一般に、生産活動のコスト増に直面した企業は、価格を引き上げられるなら引き上げたいと考えるだろう。

 

そして、今後物価全般が上がる、あるいは少なくとも競合他社が値上げを行うと予想されるのであれば、価格を引き上げやすくなるだろう。また、消費者も物価上昇を予想している状況であれば、賃金上昇圧力が生じ、製品価格引き上げが受け入れられやすくなるだろう。この意味で、企業や消費者の予想するインフレ率(予想インフレ率)が重要となる。

 

予想インフレ率を測る指標は数多く存在するものの、多くの指標で明確に上昇している。

 

サーベイに基づく指標をいくつか挙げると、まず、企業の予想インフレ率について、たとえば、日銀短観の「物価全般の見通し」や「販売価格の見通し」はともに2021年頃から大きく上昇に転じている。2022年3月調査では、全産業全規模の1年後の物価全般の見通しの平均値は1.8%、1年後の販売価格の見通しは2.1%となった。

 

なお、消費関連業種に絞ってみると、全産業よりも予想インフレ率は低い。

 

 

また、消費者の予想インフレ率についても、日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」によれば、2022年3月調査では1年後の物価の予想は平均で6.4%となった。

 

従来から、予想数値自体は実際のインフレ率から大きく上方に振れる傾向があるものの、2008年以来の水準となった。また、内閣府の「消費動向調査」の物価の見通し(総世帯、原数値)から試算した加重平均値においても、22年1月以降は3%を超えており、4月には調査開始後で最高の3.8%となった。

 

 

もちろん、このようなサーベイに基づく予想インフレ率において、予想されるインフレの水準には各調査で大きなばらつきがあるし、各調査の回答者ごとの予想のばらつきも小さくないものの、上昇する方向で推移していることは概ね同様といえる。

 

2) 企業の価格転嫁
しかし、このように物価が将来上昇するという予想が広がっているからといって、企業が簡単に価格を引き上げられるわけではないだろう。企業が価格を十分に引き上げないなら、物価が将来上昇するという予想もやがて修正されることになるはずだ。

 

日銀短観の2022年3月調査によると、確かに小売業では仕入価格の上昇に伴って販売価格を引き上げる傾向がみられた。

 

しかし、宿泊・飲食サービスでは仕入価格上昇の割に販売価格の引き上げが限定的にとどまり、レジャーや教育などの対個人サービスでは、販売価格を引き下げるなど、仕入価格DI(上昇-下落)と販売価格DI(上昇-下落)の乖離幅が拡大しており、価格転嫁が十分に行われていない状況が示唆されている1

 

 

そのため、確かに消費者の間では将来物価が上昇するとの予想が広がっているようにみられるが、価格転嫁が十分に行われ、物価が上昇する品目が全般的に広がっていくとは限らない。

 

価格転嫁が起こるかどうかは、必需品か奢侈品かなどの個別品目の特性に由来する。食品や光熱費のように、価格が上がっても消費量を大きく減らすことが難しい財の場合、企業からすれば、価格引き上げによる負の影響が相対的には大きくならないと考えられ、価格を引き上げやすいだろう。

 

また、食品価格については、「価格改定時期の同調性」があると指摘されており(日本銀行(2022))、他社が値上げをするなら自社も値上げをするといったように、値上げが値上げを呼び価格上昇が加速しやすい状況となる可能性もある。

 

必需品については、消費者としても需要を減らしにくく受け入れざるを得ない場合が多いだろう。

 

他方で、レジャーや宿泊・飲食サービスなどでは、価格引き上げによる需要減少を懸念して、コスト増に直面していても価格を引き上げにくい状況に置かれやすくなる可能性がある。過去の実証分析でも食品や光熱水道費の需要の価格弾力性は相対的に低く、教養娯楽の弾力性は相対的に高いとされている(内閣府(2019))。

 

また、賃金が上昇しない状況では、食品や光熱費、ガソリンなどの価格上昇により、実質的な所得の減少が生じて、それら以外の消費に振り向ける余裕が失われることにつながりうる。

 

 

実際、消費者物価指数の各品目を必需品か否かに分類して作成された基礎的・選択的支出項目別指数2によれば、エネルギーや食料の多くを含む基礎的支出項目は前年比で4.8%と大きく上昇している。

 

それに比べて、選択的支出項目は、携帯電話通信料の大幅引き下げの影響を除いても限定的な上昇にとどまる。

 

加えて、レジャーや宿泊・飲食サービスは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大や緊急事態宣言等の経済活動の制限により休業を迫られるなど、需要が大きく落ち込んだ産業である。

 

そのため、感染状況が落ち着いて需要が大きく回復する状況であっても、コスト増による価格の引き上げは限定的に留めざるを得ない状況に置かれやすくなる可能性がある。

 


1 仕入価格DIには下方硬直性ないし上方バイアスがあり、販売価格DIには上方硬直性ないし下方バイアスがあるが(鎌田、吉村(2010))、価格転嫁が難しいとの認識がそのバイアスを強めている可能性もある。
2 家計調査から得られる支出弾性値の大きさにより、支出弾性値が1未満の品目を基礎的支出項目、1以上の品目を選択的支出項目としている。

 

次ページ3) 消費者の値上げへの態度

※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年7月26日に公開したレポートを転載したものです。

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