(※写真はイメージです/PIXTA)

元気だった父親の急死で、想定外の相続が発生。問題なく分割できると思っていたところ、母親がパニック状態になってしまい、話し合いが進みません。子どもたちは対応に困り果てますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

父親の突然死で、母親がパニック状態に

今回の相談者は、40代会社員の近藤さんです。父親の相続の件で困っていると、同じく40代の兄と一緒に筆者の事務所を訪れました。

 

3カ月前、会社役員の近藤さんの父親はゴルフ中に倒れ、搬送先の病院で亡くなったとのことでした。相続手続きを行わなけらばなりませんが、日ごろ行き来のある会社つながりの税理士は「よくわからない」といって引き受けてくれず、無料相談に行っても冷たくあしらわれ、弱り果ててしまったそうです。

 

「私、兄、母親の3人が、まずはそれぞれ相談先を探し、意見を聞こうとしたのですが、恥ずかしながら、基本的な知識がないため、聞くべきことがよくわからないという状況でして…」

 

しかしそれによって、さらに困った事態となってしまったといいます。

 

「実は、相続の経験者から話を聞かされた母親がパニック状態になり、収拾がつかなくなってしまったのです」

父親の資産構成は、分割に困るものではなかったが…

亡くなった近藤さんの父親は75歳で、大病を患ったこともなく、現役会社員として働く一方、趣味のゴルフにいそしむなど元気でした。家族は、相続などまだ先だと思い、油断していたといいます。当然、相続対策はなされていません。

 

遺言書がない場合、相続人3人で遺産分割協議をして財産の分け方を決める必要があります。法定割合は母親が2分の1、近藤さんと兄が4分の1ずつです。

 

父親の財産は自宅マンション3,000万円、預金2,000万円、株式4,000万円です。

 

よって、遺産分割の対象の財産は9,000万円となり、母親が4,500万円、近藤さんと兄がそれぞれ2,250万円となります。

 

「家もお金もなくなっちゃう!」

現状で考えると、70代の母親は当分の間、自宅マンションで1人暮らしをすると思われます。近藤さんも兄も自宅があるため、母親のマンションで同居する見込みはありません。

 

現実的な分割を考えるなら、自宅マンションは母親が相続し、さらに預金と株式を母親・近藤さん・兄の3人で分け合うことになります。近藤さんも兄もそれに異論はなく、遺産分割はスムーズに決まるはずでした。

 

「母親に〈自宅を相続する人は、ほかの相続人に代償金を払い続けなければならない。うちはそれで苦しんでいる。きょうだいなんか、他人同然よ〉と教えた知り合いがいたんです。母親はそれを聞いて、精神不安定になってしまって…。相続手続きの話を持ち掛けると、大声をあげてパニックを起こすようになり、話し合いになりません」

 

近藤さんの兄もため息交じりに言葉をつなぎます。

 

「母親は、〈家もお金もなくなっちゃう!〉といって取り乱し、私たちとまともに話し合えない状況が続いています。しかし、母が心配するような事実はあるのでしょうか?」

「代償金」というものを、正しく理解した結果…

特定の相続人が不動産などの現物を相続する代わり、ほかの相続人に金銭などを支払って調整する遺産分割を「代償分割」といいます。例えば、兄が不動産を相続する代わり、妹に相続分に見合った現金(=代償金)を支払うといった方法です。 この方法は、資産構成が不動産に偏るなどして、遺産分割が難しい場合によく使われます。

 

近藤さんの父親の資産内容は、不動産より金融資産の比重が大きく、母親が不動産を相続しても、自分のお金を持ち出しすることにはなりません。

 

筆者の事務所の提携先の税理士が、代償金について説明したところ、近藤さんきょうだいは納得されました。

 

「お母さまにもしっかり説明するので、ぜひ一緒に事務所へお越しください」

 

そのように申し上げると、近藤さんは、税理士から受け取った資料を手に「まずはこれを読んでもらって、誤解を解こうと思います」といって、ひとまず帰宅されました。

誤解が解け、遺産分割協議が可能に

それから1週間後、近藤さんから連絡があり、兄と2人で、母親に資料を見せながら説明したところ、母親の「代償金にまつわる誤解」が解けたようで、相続手続きが無事に進められることになったとのことでした。

 

配偶者は財産の半分、あるいは1億6,000万円まで相続税がかからないという特例がありますので、今回の近藤さんの母親の場合、父親の財産を母親ひとりで相続しても相続税はかかりません。

 

しかし、近藤さんにも兄にも子どもがあり、まだまだ教育費が必要です。母親のほうも遺産を独占したかったわけではなく、誤解による抵抗感があったのでしょう。

 

誤解が解け、理解が進んだことで、自宅マンションは母親が相続したうえで、預金と株は3人で、法定割合になるよう分けることで合意できました。筆者の事務所や提携先の税理士もサポートに入り、ほどなく遺産分割協議書の作成もできそうです。

 

相続の発生は、これまでの生活を大きく変える可能性があることから、精神的に不安定になる相続人もいます。また、人から伝えられた情報も、断片的なものだったり、そもそも不正確だったりすれば、不安を募らせるだけの「不要な情報」でしかありません。

 

代償金を支払い続けるといった方は、おそらくご自身の相続において、その選択をする事情があったのでしょう。しかし、相続は千差万別であり、人のケースが自分のケースにもピッタリと当てはまるなど、まれなことのです。

 

近藤さんのケースのように、財産の中に十分な金融資産があれば、代償金の支払いは不要です。なお、資産が自宅不動産しかないなく、相続人の1人が自宅の相続を希望する場合には、希望する人が全財産を相続し、ほかの相続人に金融資産を払うという方法が、しばしば取られます。

 

その場合、遺産分割協議書の中に「代償金」として記載することが大切です。この記載をせずに、あとから現金の受け渡しをすると「贈与」となり、課税対象となりますので、その点には十分な注意が必要です。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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