(※写真はイメージです/PIXTA)

健康だった高齢の母親は、転倒をきっかけに施設へ入所。プロにケアを任せて安堵していた長男ですが、施設訪問時に「長女夫婦に遺言作成を迫られた」と聞かされ激怒します。母親の意向に沿う結果にすべく、対策を練りますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

3000万円の実家、長男が相続する予定だったが…

今回の相談者は、50代会社員の加藤さんです。80代の母親の相続準備の件で困っているとのことで、筆者の事務所を訪れました。

 

加藤さんの父親は10年前に亡くなっており、いま80代後半の母親は、昨年まで神奈川県の実家にひとり暮らしをしていました。加藤さんは仕事の関係で他県に住んでいますが、近々東京本社の勤務に戻る予定です。離れているいまは、母親の様子を見るために月数回、3時間近くかけて実家に帰っていました。

 

加藤さんには3歳年上の姉がいますが、20代で結婚してからは、夫の地元である関西に暮らしているので、「実家を継ぐのは長男の加藤さん」という家族間の了解がありました。

 

母親が保有する財産は、自宅不動産3000万円と、預貯金3000万円程度で、いずれも亡くなった父親から相続したものです。

転倒した母親は入院、そのまま介護施設へ

「母はとても元気な人だったのですが、昨年の暮れに玄関先で転んで骨折して、しばらく入院することになったのです。そうしたら足腰が弱ってしまい、以前のようにひとりで生活できなくなってしまったのです」

 

病院から自宅に戻るはずだった加藤さんの母親は、そのまま介護施設へ入ることになり、気軽に行き来できなくなってしまいました。

 

「そうはいっても、自宅でひとり生活するより、施設で介護の専門家にケアしてもらったほうが安心だという気持ちもあり、年末年始の忙しさもあって、母のところに訪れる頻度も減ってしまいまして…」

「2人から〈この内容で遺言書を書け〉と…」

母親が倒れてから2カ月後、加藤さんは久しぶりに施設を訪れたといいます。

 

「そのときに母親から、姉夫婦が来たと聞かされました。浮かない顔をしているので、どうしたのかと思って聞いたら、〈2人から、渡した原稿の内容そのままに、遺言書を書くように迫られた〉と…」

 

加藤さんが母親から聞いたところによると、自宅も預貯金も、姉と加藤さんが2分の1ずつという内容だと言います。遺言書は母親の手元にはなく、おそらく姉夫婦が持ち帰ったということでした。

 

「母から話を聞いて、本当に腹が立って…。どこまで自分本位なのでしょうか。結婚してから年に1度顔を見せるかどうかなのに、子どもたちの節目にはお祝い金を要求するなど、本当に常識がないんですよ。父が倒れたときも知らん顔で、介護はおろかお見舞いにも来ませんでした。しかも、病院から〈そろそろ危ないので、ご親族に声をかけてください〉といわれ、慌てて連絡したら〈忙しいから無理、亡くなったら教えて〉と…」

 

加藤さんはこれまでの姉の態度や行動を思い出した様子で、筆者と、同席した提携先の弁護士の前で、怒りをこらえている様子でした。

新しい遺言書を作成し、以前のものを「無効」に

加藤さんの話では、母親が姉夫婦に書かされた遺言書は不本意なもので、預貯金はともかく、自宅は加藤さんに相続させたいと考えているといいます。

 

幸い、加藤さんの母親は認知症の兆候はなく意思も明確です。話を聞いた筆者は、速やかに公正証書遺言の作成準備に着手しました。後日、加藤さんや公証役場の公証人、事務所スタッフ等とともに、歩行が困難になってしまった母親の入所施設を訪れ、「自宅は加藤さんに相続させる」という内容で、改めて公正証書遺言を作成したのです。

 

遺言書は新しく作ったものが優先されます。そのため、今回の母親の意思が反映された遺言書が有効となり、姉夫婦が作らせた遺言書は無効となるのです。

 

今回、自筆の遺言書としなかったのには理由があります。自筆の遺言書はすぐに作成できますが、家庭裁判所の検認が必要であり、万一記載にミスがあれば、無効となってしまいます。そうなると、姉夫婦が作成した遺言書が有効となり、不本意な結果となってしまうのです。また、自筆の場合は、内容に不備がなくても、あとから無効の裁判を起こされ、取り消しとなるリスクも高いといえます。

腹立ちまぎれの応酬は不毛、現実的で穏当な対策を

加藤さんは、仕事の都合で他県にいますが、区切りがついたら東京本社に戻る予定です。その場合は、神奈川県の実家に家族で暮らすつもりです。

 

もし「姉と半分に」という遺言のまま共有にしてしまったら、後々問題が起こることは確実でしょう。

 

また、今回の一件で激怒した加藤さんですが、作り直した遺言の内容を「すべてを長男に」といった極端な内容とせず、「自宅は加藤さん、預貯金は半分」という内容にとどめ、姉の遺留分に配慮したこともポイントです。

 

腹を立てた姉が裁判を起こせば泥沼になってしまいますし、2人だけのきょうだいが決別するようなことになれば後悔が残ります。


遺言書には付言事項も付け、この分割が母親の意思であること、長男への感謝とともに、離れた場所に暮らす姉にもこの内容で納得するよう理解を促し、穏便な着地を目指すかたちとなりました。

 


※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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