高齢母の財産の分配は、家族全員納得ずみだが…
今回の相談者は、55歳の会社員の田中さんです。高齢の母親と自身の相続について不安が生じたということで、筆者の事務所を訪れました。
田中さんは3人きょうだいの長男で、結婚後もずっと両親と同居してきました。父親は10年前に亡くなり、自宅は父親の遺言書により母親名義となりました。
田中さん夫婦の子ども2人はすでに独立しているため、現在は高齢の母親と田中さん夫婦が暮らしています。
専業主婦だった母親の財産は、およそ1億2,000万円です。すべて亡くなった父親から相続したもので、 自宅の土地建物が約4,500万円、預金が約4,000万円、株式が約1,500万円、保険が約1,500万円という内訳です。
田中さんには妹が2人いますが、それぞれ結婚して他県に暮らしているため、母親は自宅不動産を同居している田中さんに相続させる予定だといいます。
妹2人には預金を半分ずつ渡し、株式はその後の祭祀を承継する長男にと決めています。保険は500万円ずつ3人が受け取れるようにしてあります。
母親は父親が遺言書を作成していたことに倣って、すでに自筆で遺言書を作成しています。内容は田中さんと2人の妹にも共有ずみで、全員が納得しています。
「もしかしたら、母より自分が先かもしれない」
「ところが、会社の健康診断で問題を指摘されまして…。その後の精密検査で、病気の状況があまりよくないことが分かったのです」
80代の母親は健康に問題がないことから、田中さんは「もしかしたら母より自分が先かもしれない」と不安になったといいます。
田中さんは終始落ち着いた様子で、筆者と同席した提携先の弁護士に、淡々と事情を話してくれました。
母親は当然、自分のほうが先に亡くなることを想定しています。そのため、遺言書には「自宅の土地や株式は長男に相続させる」としか書いていません。これでは「田中さんに」と明記した内容が無効になってしまいます。
話を聞いた弁護士は、万一、母親よりも田中さんが先に亡くなった場合のことも想定した内容にしておく必要があると伝え、母親に遺言書を作り直してもらうようアドバイスしました。
母親は認知症の兆しもなく、意思も明確であることから、遺言書の作り直しは可能とのことです。田中さんの母親も、遠方に嫁いだ娘を頼りにするのではなく、ずっと生活を共にしてきた田中さんの妻と暮らしたいと考えており、母親が亡くなったあとも、田中さんの妻に暮らし続けてほしいと希望しています。また、妻も同意見だといいます。
田中さんの母親の希望は、遺言書の文面の「自宅の土地や株式は長男に相続させる」の次に「長男が亡くなっている場合は、長男の配偶者に遺贈する」という内容を追加することで実現できます。
また遺言書は、現在作成している自筆のものではなく、公正証書のほうが、記入ミスの懸念もなく、法務局に預ける等の必要もないため安心です。そのことから、公正証書遺言の作成をお勧めしました。
自分亡きあとの妻の生活を守るため、遺言書を再作成
田中さんの母親はまだ元気で、自分の身の回りのことは問題なくできていますが、高齢であることには変わりなく、いつ認知症の発症や体調の急変といった事態になるかわかりません。いまはまず、母親の公正証書遺言の作成に着手することが急務です。
万一、遺言書の作り直しができなかった場合はどうなるのでしょうか? 田中さんが相続する予定だった自宅と株式は、2人の妹と、田中さんの2人の子どもで遺産分割協議をすることになります。田中さんの妻には相続する権利がありませんから、妻に自宅を渡すためにも、遺言書は必須だといえます。
「母も妹たちも、私の決断に賛成してくれていますし、このまま私が先立っても、大きな問題は起こらないかもしれません。ですが、子どもたちが結婚したり、妹たちに何かあったら…わかりませんよね。将来の万一の事態に備えて、母には遺言書作成を急いでもらいます」
それから間もなく、田中さんの母親の遺言書作成が無事に行われました。
田中さんから電話をいただき、当初の相談のときと変わらぬ落ち着いた口調で「これで安心しました。闘病に専念できます」と気持ちを話してくれました。
筆者も、担当した弁護士も、田中さんの言葉に安堵するとともに、引き続き田中さんの快癒を願い、応援しています。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。