(※写真はイメージです/PIXTA)

問題になっている「名義貸し」「名ばかり産業医」の増加です。産業医がやっていることといえば、1年に1回、定期健康診断の判定をして、必要書類に判子を押しているだけだったりします。産業医の富田崇由氏がコストゼロからできる健康経営について解説します。

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「健康な職場づくり」はどうすればいいか

■会社は、もっと産業医を活用してほしい

 

私は産業医が名義だけの存在にとどまらず、職場の健康づくりを効果的に支援していけるようになるためには、現在の産業保健のあり方も見直していく必要があると思っています。

 

現在は嘱託産業医が基本的な産業保健活動をしっかり行っていても、社内の安全や健康の課題を話し合う衛生委員会や職場懇談会の開催は多くても月1回です。つまり産業医が職場に行くのは1カ月~数カ月に一度だけなので、メンタル不調のような気になる様子の社員が出た場合に「1カ月後に産業医の先生が来たら相談しよう」となってしまいます。これではまったく遅すぎる、という根本的な問題があります。

 

実際に私もメンタルの不調の社員に悩みや問題を相談されることがありますが、面談をしても復職につながらず、離職してしまう人が一定数います。産業医に自ら相談しようと思う段階にまで来ている時点で、もはや手遅れというほど深刻な事態になっているのです。

 

労働者がメンタル不調で遅刻や欠勤するといった目に見える兆候が表れた時点で、すでにその人はかなり無理をしています。「怠けちゃいけない」「こんなことで休んじゃいけない」「もっと頑張らないと……」とつらい心と体にムチを打ってやっと職場に来ています。ですから、上司や周囲の同僚がそういうちょっとした異変に気づいた時点で、産業医や産業保健師に相談できるシステムが必要です。

 

私の産業医事務所ではその点をカバーするために新しい産業保健のモデルを構築しています。産業医よりも社員に近い産業保健師が会社と労働者、あるいは産業医と労働者の間に入ることですばやくスムーズな情報共有が可能になります。そして働く人の健康不安や小さい異変を早い段階でキャッチし、それに対する医療的な支援をしたり社内対応のアドバイスをしたりしていきます。

 

このようなしくみはすべての産業医に対応してもらえるわけではないかもしれません。しかし、会社の経営者や人事・労務担当者が契約している産業医に「こういう対応をしてほしい」「このような問題の改善に協力してほしい」と具体的に要望していくことが、職場を健康にしていくために非常に重要なのです。

 

職場の人は「忙しい産業医の先生に余計な相談をしてはいけない」と遠慮をしていることが少なくありませんが、産業医を〝お客さん扱い〟していても、お互いにあまりいいことはありません。お願いしたいことは要望し、契約している産業医に対応してもらえないときは、別の産業医を探すというのも一つの選択肢です。

 

■社員も「健康に働ける」環境・職場を要求しよう

 

一般の社員の立場からも自分が心身の健康を守って働くための主張をしたり、行動を起こしたりすることが大事です。会社が職場環境を整えてくれるのをただ待っている、会社が考える健康計画はどうせ的外れだからとあきらめているというのでは健康な職場づくりは進展しません。

 

私が経営者や社員の方々とそれぞれ話をしていると、社長と一般社員、上司と部下では、考え方や視点がお互いに違うと感じることがあります。

 

例えば部下の人が過重な業務や上司のプレッシャーに疲れて、退職を希望したとします。このとき上司が「辞めるなんて無責任だ」と言うと部下はその一言もパワハラだと感じてしまいます。

 

ところが上司にそのときの気持ちを聞くと、「何とか職場に残ってほしいという気持ちで退職希望に強く反論した」と話すことがあります。上司も部下を思って発した言葉だったのに、逆効果になってしまっていたのです。上司の性格やマネジメントの是非というより、こうしたコミュニケーションの行き違いで社員の心の状態が悪化してしまうことも少なくありません。

 

また、社長について能力も人格も全面否定するような話を社員から聞いていても、その社長と話をすると、経営状況が厳しいなかで社員に前年同様のボーナスを出すために社会保険料の支払いを遅らせるなどして必死に資金繰りに奔走していた例もありました。社長と社員、上司と部下がお互いのことをよく知らないために思わぬ方向にすれ違ってしまうことがあるのです。

 

ですから「うちの社長はこうだから」「どうせうちの職場は」と決めつけてしまわず、「ここがやりにくいから、なんとかならないか」「こんな職場にしていきたい」と社員からも積極的に意見を出すことは、会社のために必要なことなのです。

 

配偶者が妊娠した男性社員が職場で「今まで育児休業をとった前例はない」と言われたら、「自分が男性社員の育児休業取得の第一号になります」と表明すればいいのです。健康に不安があるときや通院で休暇を取りたいときの相談窓口が欲しいなら、それを職場で意思表示するのです。前例や経験がないことに対してできない理由を探すばかりではなく、どうしたらできるかを職場の人と相談し考えていくことが大事です。

 

■従業員数にかかわらず、すべての会社に「顧問医」を

 

年齢や性別、病気や障害の有無にかかわらず働く人の健康を守ることが産業医の使命です。そして産業医である私の目標は、従業員数にかかわらず日本のすべての会社に産業医が選任されるようになることです。

 

産業医という言葉はまだ一般の人にはなじみが薄いので「顧問医」という呼び方でもいいかもしれません。仕事で法律に関することは顧問弁護士に相談し、会計や税金については顧問会計士や税理士に相談するように、働く人の心身の健康については顧問医がいて、いつでも経営者や社員が気軽に相談ができる――そんなしくみを確立していけるといいのではないかと想像しています。

 

そして職場内での健康保持・増進が当たり前になり、職場に行くとますます健康になる、妊娠・出産や病気を経験したとき、年をとったときにも安心して働き続けることができる、そういう職場が増えれば、日本はもっと過ごしやすい国になるはずです。少子高齢化や労働力人口の減少、医療費・社会保障費の増大という暗い未来しか描けない国から高齢になっても国民の心身が健やかで長い人生を不安なく生きていける幸せな国に転換していけるはずです。

 

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

 

 

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※本連載は、富田崇由氏の著書『コストゼロで作る小さな会社の健康な職場』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

コストゼロでつくる小さな会社の健康な職場

コストゼロでつくる小さな会社の健康な職場

富田 崇由

幻冬舎メディアコンサルティング

働く人の健康問題に注目が集まっていますが、組織として健康増進に取り組んでいる企業は多くありません。 「健康経営」や「従業員の健康づくり」は必ずしも産業医がいなければできないものではなく、小さな会社でもコストを掛…

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