(※写真はイメージです/PIXTA)

きょうだいがいないというある男性は、将来起こる母親の相続を心配していました。なぜなら、自身が母親より先立つ不安があるからです。懸念しているのは妻のこと。夫婦には子どもがいないため、なんとしても、相続時に妻を守らなければなりません。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

ひとりっ子の息子が、母親の相続を心配したワケ

今回の相談者は、50代会社員の池田さんです。80代の母親の相続を想定し、対策をしておきたいとのことでした。

 

池田さんの父親は20年前に亡くなり、いまは実家で母親が1人暮らしをしています。池田さんは父親が亡くなる前に結婚し、隣県で暮らしています。池田さん夫婦には子どもがいません。

 

「私はひとりっ子なので相続トラブルは想定していませんが、逆に、相続人が私1人であるという点に不安があります」

 

母親の相続時に、自分の妻が困らないようにしておきたいというのがご希望でした。

「母に不動産管理はムリ、保険は説明が大変…」

池田さんに持参いただいた資料によると、財産の内訳は、不動産として自宅敷地と建物、金融資産として預貯金と投資信託があり、合計は8,900万円でした。そこから、基礎控除が3,600万円、課税財産は5,300万円、相続税は890万円と計算されました。

 

基礎控除が1人分しかないため、相続税が高くなります。筆者と提携先の税理士は、金融資産を活用した不動産を購入や、生命保険への加入といった対策をお勧めしましたが、母親には不動産賃貸業の経験がなく、理解を得るのは難しいとのこと。また、生命保険の説明も大変だということでした。

 

そのため、とりあえずの対策として、池田さんと妻に少しずつ現金を暦年贈与し、預金は減らすことをアドバイスしました。

「母より自分が先立つことになったら、妻は…」

「実は、心配していることがあるんです…」

 

一通りの説明が終わったあと、池田さんはぽつりとつぶやきました。

 

「昨年の健康診断でがんが判明し、手術しました。状態は落ち着いていますが、もし母の存命中、私に万一のことがあったら…」

 

池田さんの妻は母親の相続人ではないため、もし池田さんが先に亡くなれば、母親のきょうだいが相続人になります。

 

母親には妹がふたりいて、ともに健在だといいます。もし家や預金が母親の妹のものになってしまったら、ずっと専業主婦だった妻の今後の生活が心配だというのです。

養子縁組という選択肢

池田さんの妻が、姑である池田さんの母親と養子縁組をして、戸籍上の子どもになってしまえば、相続人は2人となります。その場合、仮に池田さんが先に亡くなったとしても、母親の相続人として財産を相続でき、母親のきょうだいが相続人となることもありません。

 

この点を説明し、養子縁組の検討を提案しました。池田さんは、ぜひ前向きに考えたいということでした。

速やかな解決策は、やはり「公正証書遺言」

また、池田さんの不安をすぐに解消する方法としては、母親が公正証書遺言を作成することがあげられます。「母親より先に池田さんが亡くなっている場合は、池田さんの配偶者に全財産を遺贈する」としておけば、母親のきょうだいが相続人になることはありません。

 

きょうだいには遺留分の請求権がないため、遺言書で手続きが完了するのです。

 

池田さんは「それなら母親の了解を得て、すぐに取り掛かれる」ということで、早速準備に着手することになりました。

 

母親の印鑑証明書と戸籍謄本、池田さんと妻の記載がある戸籍謄本を用意して、原稿の作成を進めます。公正証書遺言に必要な証人2人は、筆者の事務所が引き受けることになりました。

相談者も「自分の公正証書遺言を作成する」と…

万一、池田さんが母親より先に亡くなった場合、池田さんの相続手続きが発生します。相続人は妻と母親で、相続の割合は配偶者3分の2、母親3分の1となります。

 

高齢の母親に財産を渡すよりも、妻に渡したいと思うところですから、妻と母親が遺産分割協議をして「配偶者が全財産を相続する」とすれば、問題はありません。

 

しかし、母親がそのときに認知症になっていて、遺産分割協議がスムーズにできないことも想定されます。

 

それを避けるために、池田さんが「自分の財産は全部を配偶者に相続させる」という公正証書遺言を作成しておけば、より安心だと言えます。

 

仮に母親に成年後見人をつけた場合、財産の3分の1、あるいは遺言書があっても遺留分6分の1を請求されます。そのため、成年後見人をつける前、母親の意思がはっきりしている間に、遺言書作成をすることが必要なのです。

 

こうして、母親と池田さんが同じタイミングで、別々に公正証書遺言を作成することになりました。

「寄付・遺贈」の可能性

一通りの手順を整理し終わった後、池田さんから新たな質問がありました。

 

「私の公正証書遺言に、私の死亡時、万一母も妻もすでに死亡していた場合、あるいは、母はすでに死亡していて、私と妻が同時に死亡した場合、相続人を指定することはできますか? 例えばですが、どこかの団体への寄付、親戚への遺贈など…」

 

遺言書では最初の内容が実現されない状況になった場合、次の指定をしておく「予備的遺言」をしておくことができます。

 

池田さんが危惧するように、亡くなる順番は年齢順とは限りません。そのため、想定されるケースによって、誰に相続させるかを決めておくことができます。

 

 

しかし、寄付の場合は寄付する先を明確に示す必要があり、親族に遺贈する場合はその人の住民票を提出する必要があります。寄付や遺贈の記載をすることはできますが、とくに遺贈する場合は、一方的な作成はできないのです。

 

池田さんは、寄付や遺贈について具体的な希望があるわけではないとのことだったので、今回はまず、母親の年齢を考慮して早々に母親の遺言書を作成することが望ましく、並行して、池田さんの遺言書も作成することをお勧めしました。寄付や遺贈は、寄付先・遺贈先を決めたときに、追加の公正証書を作るよう提案し、ひとまず着地となりました。

 

親身になってくれた叔母たちへの配慮をどうするか?

「母方の叔母2人は、ひとり暮らしの母のもとによく顔を出し、サポートしてくれています。今回の相続のことや遺言書のことは、情報共有したほうがいいのでしょうか?」

 

帰り際、池田さんは、少しいいにくそうな様子を見せながら、最後の質問を投げかけてきました。

 

子どもがいる場合、きょうだいには相続権がありませんから、おそらく母方の叔母2人は、相続についての期待はないはずです。たとえば、母親が家督相続の形で親の財産を相続していて、きょうだいに戻す気持ちがある場合は配慮が必要ですが、そうでなければ、普通は子どもが相続していくものです。

 

けれども、介護などに協力してもらった場合、お礼として贈与税がかからない範囲で渡されることもあります。母親が妹たちにもいくらか渡したいということであれば、相続後ではなく生前に渡しておき、あとは子どもが引き受けると伝えておけば、親切だといえます。

 

相続後となったなら、池田さんから叔母たちにお礼する形でもいいでしょう。

 

それからしばらくして、池田さんと母親は、無事に公正証書遺言を作成しました。

 

池田さんの母親はまだ元気なので、公証役場に出向いて作成することが可能でしたが、公証人と証人が自宅や老人ホーム、介護施設、病室などに出張して作成することもできます。高齢の親御さんであっても、健康不安を理由に遺言書作成をあきらめる必要はありません。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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