(※写真はイメージです/PIXTA)

ある男性は、高齢の父親が準備した遺言書の内容に不安を感じていました。なぜなら「相続させる」と書かれたアパートが、すでに取り壊されているからです。遺言と資産内容に齟齬がある場合、遺言の効力はどうなるのでしょうか。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

両親と同居し、商売を手伝ってきた長男夫婦

今回の相談者は、自営業を営む中村さんです。高齢の父親が作成ずみの遺言書の内容に不安があるということで、筆者のもとへ相談に訪れました。

 

中村さんは大学を卒業後、しばらく一般企業で働いていましたが、その後は両親の商売を継ぐために退職。妻子とともに実家に戻り、その後はずっと3世代で同居してきました。両親とともに営んでいた商売は堅調で、子どもたちも無事に大学を卒業し、すでに独立しています。中村さんには姉がひとりいますが、他県に嫁いでいます。

 

中村さんの母親は15年前にすでに亡くなっており、いまは夫婦で商売を続けながら、高齢となった同居の父親の面倒を見ています。

 

「母の遺産は現金のみで、基礎控除に収まる額でした。そのときは父がすべてを相続して、私と姉は何も受け取らなかったのです」

母親亡き後、父親はすぐ遺言書を作成したが…

母親の預貯金を相続したことで、父親の財産は、自宅と、自宅敷地内にあるアパートに加え、預金が増えたかたちです。資産の構成は、不動産が3分の2、預金が3分の1で、総額で2億円程度。父親としては、不動産は同居する長男にすべて相続させ、預金は家を出た長女と長男で等分にすればいいと考えていたとのことです。

 

「父は、母が亡くなってすぐ、自身の遺言書を準備しました。ずっと一緒に商売をしていた私にすべての不動産を、嫁いだ姉には、預貯金の半分を渡す、という内容でした」

 

中村さんと姉はとくに関係が悪いといったことはないそうですが、父親が亡くなったあとにもめることがないようにと、知り合いに紹介してもらった弁護士に依頼し、公正証書遺言を作成したそうです。

 

遺言の内容について、中村さんの姉は把握していないということです。

遺言書に記載のアパートは「解体されて存在しない」

遺言書の作成から15年近く経過し、父親も80代後半になりました。いまのところ認知症の兆候もなく、穏やかに生活していますが、いつなにがあってもおかしくはありません。

 

「じつは、気になっているのが遺言書の内容なのです。私は遺言書の作成に立ち会っており、内容を知っています。私には〈自宅とアパートと現金の半分〉ということになっているのですが、記載されているアパートは、老朽化がひどくなったため、住人すべてが退去したあと解体してしまい、いまは駐車場になっています」

 

つまり、相続する予定の建築物がすでに解体されて存在しないため、遺言書の内容と資産状況に齟齬が出ている状態です。

 

「もしかしたら、遺言自体が無効になるのではないかと思っておりまして。もし姉と資産を等分することになったら、自宅を売却するしかありません…」

「存在しないもの」は相続できないので…

筆者の事務所の提携先の弁護士は、不安そうな中村さんに、丁寧に説明を行いました。

 

結論から言うと、相続人の変更や、財産が増える・相続させる内容に変更がある場合は遺言書の作り直しが必要ですが、今回の中村さんのケースでは、遺言書をそのままにしていても問題ないのです。

 

遺言書は「誰に」「何を」相続させるかを記載したものですが、そもそも論として、存在するものしか相続できません。遺言書に建物の記載があったとしても、相続になったときに該当の建物が存在しなければ、手続きができないということです。中村さんの場合は、アパートはなくなりましたが、土地は変わらずありますので、遺言書通り、そのまま相続することができます。

 

以上のことから、今回は遺言書の作り変えは不要です。

 

その説明を受け、中村さんは安堵されたようでした。

 

遺言書作成時から財産の内容が変化した場合も、残っている財産については、遺言書によって手続きが可能です。不動産や預貯金などについては、具体的な金額ではなく、「分け方」を決めて遺言書を作成しておけば、手間がかからず安心だといえます。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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