老朽化したアパート、来るべき相続への不安
今回の相談者は、70代の鈴木さんです。自身の相続対策について相談したいということで、筆者のもとを訪れました。
鈴木さんは父親から相続した複数の不動産を保有しています。
「気がかりなのは、65坪の土地に建つアパートなのです。これは父親が相続対策として建てたもので、築35年にもなってすっかり古びてしまいました。6部屋のうち半分は空室で、そろそろ建て替えなくてはいけないと思ったのです。そこで、アパートを建てた建築会社に相談したところ、〈では、入居者の募集をかけずにいてください〉といわれまして。残り2部屋はまだ入居者がいますが、じきに全室が空室になる予定です」
鈴木さんは、相談した不動産会社から新しいアパートの建設を提案されており、それをするべきなのかどうか、ご自分では判断がつかないということでした。
相続税の計算結果から見えてきた「根本問題」
鈴木さんは、親から相続した不動産を3つ所有しています。自宅、築15年のアパート、そして今回の築35年のアパートです。不動産の土地評価は合わせて1億円。建物3棟で1,800万円、預貯金が2,000万円、築15年のアパートの建築費の借入残が2,000万円あり、差し引きすると1億1,800万円です。
鈴木さんの相続人は妻と2人の子どもの3人で、基礎控除は4,800万円。課税財産は7,000万円、相続税は925万円と計算されます。
ここから居住用の小規模宅地等の特例が適用できると自宅の土地評価は330㎡まで80%減でき、貸付用の小規模宅地等の特例を適用するとアパートの土地は200㎡まで50%減で計算することができるので、相続税は減額の余地があるといえます。
また、配偶者は財産の半分、あるいは1億6,000万円まで納税不要となる税額軽減があるため、相続税の納税は0にする方法もあります。
よって、鈴木さんの課題は相続税の節税ではなく、アパートの維持をどうするという点に集約されます。
建築会社の見積には「事業費:1億7,000万円」と…
建築会社からは、築35年のアパートは全室空室にしてからの建て直しを勧められており、ほどなく全室が空室になる予定です。
しかし、そのままではアパートは建っていても賃借人がいないため、土地は更地評価、建物も借家権を引くことはできません。建築費の借入も返済が終わっており、マイナスにできる要素はありません。結果、更地と同じで節税対策にはならないため、早めに次の対策を進めたほうがいいということになります。
「建築会社からは、すでに建て替えの図面と見積の提示がありまして…。営業マンが熱心に勧めてくるのです」
筆者と提携先の税理士は、鈴木さんが持参した見積書を見せてもらいました。確認すると、そこには「事業費:1億7,000万円」と記載されていました。
土地65坪、建蔽率60%、容積率200%の立地ですので、130坪の建物が建ちますが、提案のブランは鉄骨造3階建て、45㎡、2DKの部屋で9世帯の建物ができる内容です。
総事業費を建築面積で割ってみると、坪単価は170万円となりました。
「この35年サブリース、決断していいのでしょうか?」
収支のシミュレーションもあり、家賃は1世帯8万5,000円、全戸で76万5,000円。借入返済は月52万円。
建築会社とのサブリース契約が前提となっていることから、一定額の家賃が振り込まれる契約ですが、デメリットもあります。
査定家賃は76万5,000円の85%で65万250円ですが、そこから管理費など8万円が差し引かれ、月額の振り込みは57万250円。土地と建物の固定資産税50万円を引くと110万円しか手元に残りません。35年間の借入返済を抱えながら、年間110万円の手取りしか残らないのは不安があります。
土地を維持したいなら、空き地にしていてはダメだが…
土地を所有する場合、空き地では節税対策はできません。土地を維持しながら節税対策するなら、建物を建てて賃貸することが必要になります。土地活用でアパートやマンションを建てることは、収入を得ることと節税対策をすることの、2つの目的があるといえます。
しかし、建物を建てるには建築資金が必要です。資金の余裕があれば、自己資金を建築費にするだけでも現金から固定資産税評価の建物に変わりますので、十分に節税効果が得られます。しかし、まとまった現金がないケースのほうが多く、また、現金はほかの用途のために持っていたいという場合もあることから、たいていは金融機関から融資を受けるかたちになります。そのため、借入が節税対策の目的になることもあります。
収支のバランスを取ることが必須
とくに建築費の借入は、30年、35年といった長期の返済期間となることが多いため、その間、賃貸事業を安定的に継続することが大前提となります。賃貸事業で家賃を得て、借入返済し、諸々の経費を支払ったあと、手元に残った現金を生活費や貯蓄などに充てられるのが事業の目的となるのです。
しかし、鈴木さんが建築会社から提案をされている賃貸事業は、1億7,000万円の借入が必要で、相続税はかからなくなるものの、35年間返済が必要にもかかわらず、年間の手取りが110万円しかないことから、メリットはないといえます。
採算ラインから大きく外れた建設会社の提案
土地の維持のために賃貸住宅を建てることは有益ですが、賃貸は事業でもありますから、収支のバランスの見極めは重要です。想定家賃が年間918万円だとすると、利回りで考えても投資額の8%は確保したいところです。その目安で逆算すると事業費は1億1,475万円、10%を確保したいなら事業費は9,180万円となります。
建築会社が鈴木さんに提示している1億7,000万円という事業費では、利回り5.4%となり、サブリースの受取賃料では4%となり、それから返済をしていくと、やはり採算ラインから大きく外れていると言わざるを得ない金額です。
鈴木さんにはそうした説明をして、計画を見直すこと、建築会社やサブリース計画は慎重に選ぶようにとアドバイスしました。
「土地ありき」ではなく、資産の組替も選択肢に
70代の鈴木さんは、相続まで15年程度を想定しているものの、対策は早めにしておく必要があります。借入をした土地活用をしないという選択肢もあり、アパートが空室になった時点で、建物を解体・更地で売却し、別の立地で賃貸物件に買い替える「資産組替」も選択肢であると、あわせて説明しました。
親から相続した土地を死守したいという思いを持つ方は多いのですが、いまの時代、負担や不安を減らしながら資産活用するには、立地を変えることも検討したほうがいいのです。
「建設会社からの提案は断ります。家族と相談して、今後の方向を決めたいと思います。見極めができて、本当によかった…」
鈴木さんは、心底ホッとした様子でした。
賃貸事業は20年、30年と長期に渡るため、適正な建築コストなどを判断してスタートしないと、大きなリスクとなります。サブリース契約は、貸主のメリットになるかどうか、慎重な見極めが重要です。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。