もう一人の兄弟が行方不明、遺産分割協議ができず…
今回の相談者は、嘱託社員として働く60代の吉田さんです。亡くなった兄の相続について困っているということで、筆者の事務所を訪れました。
吉田さんは独身の兄と近居しており、日常生活の面倒を見てきました。兄はもともと体が丈夫ではなく、ことあるごとに入退院を繰り返していたといいます。
「兄は生涯独身だったので、相続人はきょうだいのみです。実は、私の母は父の後妻で、先妻の子だった兄とは半分しか血がつながっていません。兄には両親が同じ弟がひとりいるのですが、父が離婚したときに母側につき、以降は兄も会っていないそうです。噂によると、その後は海外に渡ったそうですが、状況を知るすべもなく…」
吉田さんは、病魔と闘う兄を最期まで支え、兄が亡くなる5年ぐらい前からは、マンションの管理費や固定資産税等、すべて負担してきました。
しかし残念ながら、吉田さんの兄はその状況にあっても遺言書を残しませんでした。そのため、遺産相続については、相続人間で協議して決めるしかありません。しかし、兄の弟は行方不明であるため、分割協議をすることができません。
また、吉田さんと亡くなった兄は半分しか血がつながっていない半血兄弟であるため、法定相続分については、吉田さんが1、兄の実弟は2という割合になります。
「母親違いの兄でも、援助は苦痛ではなかった」
「兄とは仲がよく、入院時の世話も金銭的な援助も、なんとも思いませんでした。しかし、定年退職してから、うちの財政が思った以上に厳しくて…。葬儀費用やお墓の管理など、このままずっと私が持ち出しを続けるのは、あまりに負担が大きいのです。今後は義兄の残した財産を充てて維持していきたいのですが…」
吉田さんの兄の財産は、都内のマンションのほか、預貯金や有価証券等があるということでした。
吉田さんの言動からは、これまで兄に尽くしてきたことに対し、何らかの考慮があってもよいのではないか、との思いも感じ取れました。
解決へのアドバイス
筆者と提携先の弁護士は、吉田さんとの面談の中で、下記の通りアドバイスしました。
●家庭裁判所へ不在者財産管理人の申し立てをし、同時に、いままでの経緯を説明する上申書も提出する
兄の実弟の生死不明の状態が7年続いていないときや、生存の噂があるときは、失踪宣告の申立てはできません。そのため、利害関係人(不在者の配偶者、相続人にあたる者、財産管理人、受遺者など失踪宣告を求めるについての法律上の利害関係を有する者)が家庭裁判所に「不在者財産管理人」を選任してもらうよう申し立てをする、という方法があります。
選任された財産管理人は、不在者の財産について現状に変更をきたさない保存行為や利用・改良行為は自分の権限で行えますが、これを超える処分行為をするには家庭裁判所の許可が必要になります。
遺産分割は不在者の財産に対する処分行為の一種と考えられますので、財産管理人が遺産分割の協議や調停をするには家庭裁判所の許可が必要であり、また、この財産管理人が遺産分割の協議を成立させるにあたっても、家庭裁判所の許可が必要となります。
●急ぎ「財産管理人」を選任する
筆者と弁護士は、吉田さんの場合、行方不明となっている兄の実弟の財産管理人を選任することが妥当だと判断し、司法書士を財産管理人として家庭裁判所に申し立て、選任してもらい、法定割合にて遺産分割協議をすることができました。
改めて痛感した「遺言書の重要性」
吉田さんには、上記の手続きだけでなく、7年後には行方不明の兄の弟の失踪宣告をすることもアドバイスし、なんとか手続きを進めることができました。
吉田さんも「めどがついてよかったです」と、安堵されていました。
財産管理人は親族でも可能ですが、適任者がいない場合は司法書士などに依頼します。
また、家庭裁判所では、担当する家事審判官によってそれぞれ見解が異なることがあるため要注意です。今回、不在者財産管理人の申し立てだけでなく、経緯を説明する上申書の提出もあわせて行ったように、考えられる手段はすべて実行することが大切です。
行方不明者となってから7年以上経過すると失踪宣告ができるので、その点も考慮しておきましょう。
相続問題の現場では、吉田さんのようなケースにもちょくちょく遭遇します。吉田さんの兄が、お世話になった吉田さんに遺言書を書いておけば、このような手間はすべて不要だったといえます。
とくに家族関係が複雑だったり、子どもがいなかったり、といった「相続への懸念」がある方は、遺言書の作成を検討してはいかがでしょうか。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。